なぜ相手の気持ちを決めつけるのか

他者の感情を早急に判断してしまう心理的メカニズムと、その背景にある認知バイアス。

  • #mind reading
  • #cognitive bias
  • #projection
  • #assumption

「絶対、俺のこと嫌いだと思う」

海斗が断言した。

「どうしてそう思うの?」陽和が聞く。

「だって、昨日話しかけたとき、そっけなかったもん」

レオが興味深そうに聞いた。「それだけで、嫌われてると確信した?」

「表情も冷たかったし」

「表情の解釈は、主観的だ」レオが指摘した。

「でも、明らかに…」

「明らかとは?」陽和が優しく問う。

海斗が言葉に詰まった。「なんか、そう感じた」

「それが、mind readingだ」レオが説明した。「他者の心を、根拠なく読み取ったと信じる認知の歪み」

「でも、人の気持ちって、ある程度分かるでしょ?」

「共感と決めつけは違う」陽和が言った。

「どう違うの?」

「共感は『こう感じているかもしれない』という仮説。決めつけは『絶対こう思ってる』という確信」

レオが付け加えた。「確証バイアスも働いてる」

「確証バイアス?」

「自分の仮説を支持する情報だけを集める傾向だ。海斗は『嫌われてる』という仮説を持ってるから、そっけない態度だけに注目する」

「でも…」

「相手が笑顔だったことや、別の日に話しかけてくれたことは、無視してる」

海斗がハッとした。「確かに、昨日の朝は普通に挨拶してくれた」

「そう。でも、その情報は『嫌われてる』という仮説に合わないから、無視された」

陽和が聞いた。「なぜ、そんなに『嫌われてる』と思いたいの?」

「思いたいわけじゃ…」海斗が言いかけて、止まった。

「投影かもしれない」レオが静かに言った。

「投影?」

「自分の感情を、相手に投影する心理的防衛だ。もしかして、海斗は相手のことを避けたいと思ってる?」

海斗が驚いた。「なんで分かったの?」

「逆説的だが、『相手が自分を嫌ってる』と思うことで、自分が距離を取る正当化をしてる可能性がある」

陽和が優しく言った。「相手を嫌いって認めるのは、辛いもんね」

「だから、『相手が自分を嫌ってる』という理由を作る」レオが補足した。

海斗がうなだれた。「無意識にそんなことを…」

「誰にでもある」陽和が慰めた。「大事なのは、気づくこと」

「どうすればいいの?」

「まず、『これは仮説だ』と自分に言い聞かせる」レオが答えた。

「仮説?」

「『相手は自分を嫌ってる』じゃなくて、『相手は自分を嫌ってるかもしれない』と考える」

「それだけ?」

「それが重要だ。仮説なら、検証できる。確信だと、検証しない」

陽和が提案した。「直接聞いてみるのもいいよ」

「えっ、無理!」

「なぜ?」

「もし本当に嫌われてたら…」

「その恐怖も、仮説だ」レオが言った。「確認を避ける理由になってる」

海斗がため息をついた。「人の心って、本当に分からないんだね」

「分からないからこそ、決めつけない」陽和が微笑んだ。

「それが、他者への敬意でもある」レオが付け加えた。

「敬意?」

「相手の心を、勝手に読まない。それが、相手を一人の独立した人間として尊重することだ」

海斗がゆっくり頷いた。「『嫌われてる』って決めつけるのは、相手の気持ちを無視してるんだ」

「そう。だから、観察して、仮説を立てて、確認する。それが、健全なコミュニケーションだ」

海斗は、自分の思い込みに気づいた。相手の気持ちを決めつけることは、実は相手を見ていないのと同じだった。

「明日、話しかけてみる」海斗が決意した。

「仮説の検証だね」陽和が励ました。

「そう。そして、どんな結果でも、それがデータだ」

三人は、人の心の複雑さを改めて感じながら、部室を後にした。