「また変わった」
晴がため息をついた。
「何が?」蓮が聞く。
「進路。昨日は理系って決めたのに、今日は文系がいい気がする」
サイモンが興味深そうに聞いた。「なぜ揺れるんだろう?」
「分からない。だから困ってる」
蓮が分析を始めた。「心の揺らぎには、原因がある。不確実性だ」
「不確実性?」
「未来が見えないから、迷う。どちらを選んでも、結果は保証されない」
サイモンが補足した。「キルケゴールは、『不安は自由のめまいだ』と言った」
「めまい?」
「選択肢があることが、不安を生む。選択がなければ、悩まない」
晴が考えた。「でも、選択があるのは良いことじゃないの?」
「両面ある」蓮が答えた。「自由は力だが、同時に重荷だ」
「重荷?」
「決断の責任。選んだ結果は、自分が引き受ける」
サイモンが付け加えた。「だから、人は決断を先延ばしにする」
晴が苦笑した。「まさに私」
「それは自然だ」蓮が認めた。「でも、揺れ続けることにもコストがある」
「コスト?」
「時間とエネルギー。そして、機会損失」
晴が深く頷いた。「悩んでる間に、チャンスを逃すかも」
サイモンが別の視点を提供した。「でも、揺らぎ自体は悪くない」
「え?」
「揺れるということは、複数の可能性を検討してる証拠」
蓮が理解した。「単純な決断より、熟慮した決断の方が良い」
「でも、どこまで悩めばいいの?」晴が聞く。
「それが難しい」サイモンが認めた。「完璧な情報は、永遠に得られない」
「じゃあ、どうすれば?」
蓮が提案した。「閾値を設定する。『この情報が揃ったら決める』と」
「でも、その閾値も悩む」
サイモンが笑った。「メタ悩み。悩むことについて悩む」
「堂々巡りだ」晴が嘆いた。
「心が揺れる根本的な理由は」蓮が真剣に言った。「自己が一枚岩じゃないから」
「どういうこと?」
「君の中に、複数の『私』がいる。理性の私、感情の私、社会的な私」
サイモンが頷いた。「プラトンの魂の三分説。理性、気概、欲望」
「それぞれが違う選択を求める?」
「そう。だから、内的対話が生まれる」
晴が納得した。「私の中で、複数の声が争ってる」
「それは健全だ」蓮が言った。「一つの声しかない方が、危険かもしれない」
「なぜ?」
「多様性がないと、柔軟性も失う」
サイモンが例を出した。「独裁者は、内的対話を持たない。だから、誤りに気づかない」
晴が少し楽になった。「じゃあ、揺れることは、悪くない?」
「揺れることと、決められないことは別だ」蓮が区別した。
「どう違うの?」
「揺れながらも、最終的に決断する。それが重要」
サイモンが付け加えた。「決断は、揺らぎを受け入れた上で為される」
「受け入れる?」
「完璧な選択はない。それを認めた上で、選ぶ」
晴が深呼吸した。「でも、間違えたら?」
「間違いも、学びになる」蓮が答えた。「完璧を求めすぎると、麻痺する」
サイモンが静かに言った。「実存主義の視点では、選択は後から正当化される」
「後から?」
「選んだ道を、自分で意味あるものにする。選択が人を作る」
晴が考え込んだ。「選択が先じゃなくて、意味づけが先?」
「逆だ」蓮が訂正した。「選択が先。でも、その意味は後から作る」
サイモンが例を出した。「『運命の人』は、出会った瞬間に決まるんじゃない。共に歩む中で、そうなる」
晴が微笑んだ。「進路も同じ?」
「そうかもしれない」蓮が認めた。「どちらを選んでも、それを正解にできる」
「じゃあ、揺れる必要ない?」
「いや、揺れることで選択肢を吟味する。その過程が、決断を豊かにする」
サイモンが窓の外を見た。「心が揺れるのは、人間だから」
「人間だから?」
「確実性の中では、揺れない。不確実な未来に向かうから、揺れる」
晴が理解した。「揺らぎは、生きてる証?」
「詩的だが、的確だ」蓮が微笑んだ。
サイモンが付け加えた。「揺れを恐れず、揺れながら進む。それが人生だ」
晴が立ち上がった。「まだ決められないけど、揺れることを怖がらない」
「それでいい」蓮が頷いた。「決断は、準備ができたときに来る」
「準備?」
「心の準備。情報じゃなく、覚悟」
晴が窓の外を見た。風が木々を揺らしている。
「揺れることも、動きの一つなんだね」
サイモンが微笑んだ。「そう。静止してるより、ずっといい」
三人は静かに微笑んだ。心の揺らぎを、否定するのではなく、受け入れる。
揺れる心は、生きている心だ。