「澪は、理解されたいと思わないの?」
晴の質問に、澪は首を横に振った。
蓮が興味を示した。「なぜ?」
澪は短く答えた。「必要ない」
「でも、人は理解されたいって思うものでしょ?」晴が言った。
「それは前提なのか?」蓮が問い返す。
「え?」
「『人は理解されたい』という命題。これは普遍的か?」
晴が考え込んだ。「みんなそう思ってると思ってた」
「澪は違う。だから、普遍的ではない」
澪が静かに言った。「理解は、幻想」
「幻想?」晴が驚く。
蓮が解説した。「完全な理解は不可能だと、澪は考えている」
「なぜ?」
「他者の内面に、直接アクセスできないから」
晴が反論した。「でも、言葉で伝えられる」
「言葉は不完全」澪が言った。
蓮が補足した。「言語は、経験の近似でしかない。完全な転写はできない」
晴が考えた。「じゃあ、なぜみんな理解されたいと思う?」
「それが問いだ」蓮が言った。「理解されたい欲求は、どこから来るのか」
澪が答えた。「孤独を恐れるから」
「孤独?」
蓮が展開した。「理解されない=孤立。だから、理解を求める」
晴が聞いた。「じゃあ、理解されたい気持ちは、恐怖から?」
「一つの説明だ」蓮が認めた。「でも、他の説明もある」
「他の?」
「承認欲求。自分の存在を確認したい」
晴が理解した。「理解されることで、自分が存在すると感じる」
「サルトルは『他者の視線』で自己が構成されると言った」蓮が説明した。
澪が静かに反論した。「でも、それは自己の放棄」
「放棄?」
「他者に依存する自己は、脆い」
蓮が認めた。「確かに。他者の承認に依存すると、他者の拒絶で崩壊する」
晴が聞いた。「じゃあ、理解されたいと思うのは、弱さ?」
「弱さかは別として」蓮が慎重に答えた。「リスクはある」
澪が付け加えた。「自己は、内側から構築すべき」
「でも」晴が反論した。「完全に内側だけで自己を作れる?」
蓮が考え込んだ。「難しい質問だ」
「なぜ?」
「自己の概念自体、他者との対比で生まれる。『私』は『あなた』があって初めて成立する」
澪が認めた。「完全な独立は、不可能かもしれない」
晴が聞いた。「じゃあ、理解されたい気持ちは、自然?」
「自然だが」蓮が言った。「その程度が問題だ」
「程度?」
「理解を求めすぎると、依存になる。求めなさすぎると、孤立になる」
澪が短く言った。「バランス」
晴が考えた。「じゃあ、適度に理解されたいと思うのがいい?」
「理論的には」蓮が答えた。「でも、その『適度』を見つけるのが難しい」
澪が静かに言った。「私は、理解されなくてもいい」
「でも、ここにいる」晴が指摘した。
「ここにいることと、理解されることは別」
蓮が補足した。「澪は、共在を求めている。理解ではなく」
「共在?」
「同じ空間にいること。理解の深さは問わない」
晴が納得した。「そういう関わり方もあるんですね」
「多様な関係性がある」蓮が言った。「理解を求める関係も、求めない関係も」
澪が付け加えた。「大事なのは、押し付けないこと」
「押し付け?」
「理解を強要しない。理解されることも強要しない」
晴が深く頷いた。「自由な距離感」
蓮が整理した。「理解されたい気持ちは、孤独への恐れ、承認への欲求、関係への渇望から来る」
「でも」澪が続けた。「それに従う必要はない」
晴が聞いた。「じゃあ、理解されたくないと思ってもいい?」
「もちろん」蓮が答えた。「それも一つの選択だ」
澪が微かに微笑んだ。「選択は、自由」
晴が考え込んだ。「私は、理解されたい」
「なぜ?」
「一人じゃないと感じたいから」
蓮が頷いた。「それは正当な理由だ」
澪が静かに言った。「でも、理解されなくても、一人じゃない」
「え?」
「ここにいるから」
晴が微笑んだ。「澪のやり方」
「そう」
三人は沈黙した。理解されたい気持ちは、人それぞれだ。大事なのは、その違いを受け入れること。それが、また別の理解だった。