「決断って、選択肢を選ぶことだよね?」
晴が何気なく言った。
レンが首を横に振った。「それは表面的な理解だ」
「え?」
「決断は、選ぶことじゃない。決めることだ」
晴が混乱した。「同じじゃないの?」
美緒が静かに言った。「違う」
レンが説明し始めた。「選択肢から選ぶのは、選択。決断は、それを超える」
「どう超えるの?」
「不可逆性を受け入れること」
晴が考え込んだ。「元に戻れない、ってこと?」
「そう。決断には、覚悟が伴う」
美緒が小さく頷いた。「責任」
「まさに」レンが言った。「決断とは、責任を引き受ける行為だ」
晴が問うた。「でも、選択にも責任はあるでしょ?」
「ある。でも質が違う」レンが答えた。「選択は、可逆的。決断は、不可逆的」
「可逆的?」
「やり直せる。朝食にパンかご飯か、選び直せる。でも、結婚や離婚は、選び直せない」
晴が理解した。「重大さが違う」
「重大さと、時間性」レンが補足した。「決断は、未来を規定する」
美緒が静かに言った。「束縛」
「束縛?」晴が聞く。
レンが解釈した。「決断は、自分の未来を縛る。でも、それが自由でもある」
「矛盾してる」
「キルケゴールのパラドックス」レンが言った。「決断によって、自由が生まれる」
「どうして?」
「可能性だけでは、何も実現しない。決断が、可能性を現実にする」
美緒が付け加えた。「飛躍」
「飛躍?」
レンが頷いた。「信仰への飛躍、とキルケゴールは言った。理性を超えた決断」
晴が不安そうに聞いた。「理性を超える?それって危険じゃない?」
「危険だ」レンが認めた。「でも、全ての決断には、不確実性がある」
「完璧な情報があれば、決断は簡単?」
「簡単というか、必要ない」レンが答えた。「完璧な情報があれば、選択肢は一つに絞られる」
美緒が静かに言った。「決断、不確実性の中」
「その通り」レンが微笑んだ。「決断は、知らないことを受け入れる勇気だ」
晴が別の疑問を持った。「じゃあ、迷うのは弱さ?」
「逆だ」レンが言った。「迷うのは、複数の可能性を見ている証拠」
美緒が頷いた。「思考」
「迷わず決める人は、考えていないか、選択肢が見えていない」
晴が安心した。「迷っていいんだ」
「ただし」レンが続けた。「迷い続けるのは、決断の回避だ」
「回避?」
「サルトルが批判した『悪しき信仰』。決断を先延ばしにすること」
美緒が静かに言った。「決断しないのも、決断」
晴が驚いた。「何もしないことも?」
「そう」レンが説明した。「中立はない。決めないことで、現状を選んでいる」
「責任からは逃げられない」晴が呟いた。
「逃げられない」レンが認めた。「それが、人間の条件だ」
美緒が問うた。「後悔は?」
「後悔は避けられない」レンが答えた。「選ばなかった道への未練」
晴が不安になった。「じゃあ、どう決断すればいいの?」
「完璧な決断はない」レンが言った。「でも、ベターな決断はある」
「どうやって?」
「価値観に基づく。自分が何を大切にするか」
美緒が小さく微笑んだ。「自分を知る」
「そう」レンが頷いた。「決断は、自己認識を必要とする」
晴が深く息をついた。「難しいけど、避けられない」
「避けられない」レンが繰り返した。「でも、それが人生を作る」
美緒が最後に言った。「決断、積み重ね」
「積み重ね」晴が呟いた。「一つ一つが、私を作る」
レンが静かに言った。「決断は、自分を決める行為だ。何を選ぶかで、何者になるかが決まる」
三人は静かに座っていた。これから下す無数の決断を、思いながら。