「日和さんは、いつも誰かの話を聞いていますね」
空が言った。部室で、日和はまた誰かの相談を受けていた。
「それが好きだから」日和が微笑んだ。
ミラが静かに観察していた。そして、ノートに書いた。「疲れていないですか?」
日和が少し驚いた。「どうして?」
ミラが書いた。「共感と同調、違う」
空が興味を持った。「ミラさん、それってどういう意味?」
ミラが心理学の本を開いた。共感と同調の違いについてのページだった。
日和が読んだ。「共感は、相手の感情を理解しながらも自分の境界を保つこと。同調は、相手の感情に飲み込まれること」
「私、同調してるのかな?」
空が観察した。「日和さん、相談を受けた後、よく疲れた顔をしていますよね」
「そうかもしれない」
ミラが書いた。「他者の苦痛を自分の苦痛として感じる=同調」
「でも、それって悪いことじゃないですよね?」日和が聞いた。
空が答えた。「必ずしも。でも、長期的には燃え尽き症候群のリスクがあります」
日和が考え込んだ。「確かに、最近ずっと誰かの問題を抱えている気がする」
ミラが新しいページを見せた。「感情的境界線」
「境界線か」日和が呟いた。
空が説明した。「自分の感情と他者の感情を区別すること。共感には境界線が必要です」
「でも、どうやって区別するの?」
ミラが書いた。「『相手は悲しい。私は、相手が悲しいことを理解している』vs『私も悲しい』」
「前者が共感、後者が同調」空が補足した。
日和が理解した。「私、いつも『私も悲しい』になってたかも」
「それは、共感性が高い証拠です」空が言った。「でも、ヘルパーズハイの後にはヘルパーズクラッシュがある」
「ヘルパーズクラッシュ?」
「援助者が、他者を助けすぎて自分が崩壊すること」
日和が溜息をついた。「最近、そういう感じがある」
ミラが優しく手を置いた。珍しいスキンシップだった。
「ミラさん...」
ミラが書いた。「日和さんも、自分を大切にしてください」
空が加えた。「共感的であることと、自己犠牲は違います」
「でも、人を助けたいの」日和が言った。
「それは素晴らしい」空が認めた。「でも、まず自分の酸素マスクをつけることが大切です」
「飛行機の安全指示みたいに?」
「そう。他者を助けるには、まず自分が安定していないといけない」
ミラが新しいメモを見せた。「compassion fatigue=共感疲労」
「聞いたことある」日和が言った。「医療従事者やカウンセラーに起こる現象」
「でも、友人関係でも起こります」空が説明した。「特に、いつも聞き役になる人は要注意」
日和が自己分析を始めた。「私、断れないんだ。誰かが困っていると、放っておけない」
「それは優しさだけど、同時に境界線の問題でもある」
ミラが書いた。「No=自己尊重」
「断ることは、自分を尊重すること」空が翻訳した。
日和が葛藤した。「でも、断ったら相手が傷つくかも」
「可能性はあります」空が認めた。「でも、自分が壊れてしまったら、長期的には誰も助けられない」
ミラが頷いた。
日和が質問した。「じゃあ、どうやって共感と同調を区別するの?実践的に」
空が提案した。「相談を受けた後、自分に問いかける。『これは私の感情?相手の感情?』」
「それから?」
「相手の感情だと気づいたら、一度距離を取る。深呼吸する。境界線を意識する」
ミラが加えた。「セルフケア=他者ケアの基礎」
日和が微笑んだ。「ミラさんって、少ない言葉で核心をつきますね」
ミラが照れたように視線を逸らした。
空がまとめた。「共感は、理解と距離のバランス。近すぎず、遠すぎず」
「難しいけど、大切ですね」
「練習が必要です」空が言った。「最初は罪悪感を感じるかもしれない」
「境界線を引くことに?」
「そう。でも、それは健康的な人間関係に必要なこと」
日和が決意した。「次から、自分の限界を意識してみる」
ミラが微笑んだ。そして書いた。「日和さんなら、できる」
三人は静かに座っていた。共感と同調の境界線は、見えないけれど確かに存在する。
「ありがとう、二人とも」日和が言った。「今日、大切なことを学びました」
空が頷いた。「私たちも、日和さんから学んでいます」
ミラが最後にページを開いた。「真の共感は、相手と自分、両方を大切にすること」
その言葉が、部室に静かに響いた。