「専門家じゃない人が、専門的なことに口出ししていいの?」
晴が図書室で問いかけた。
「具体的には?」ノアが聞く。
「医療政策とか。医者じゃない人が、意見を言うべきなのかなって」
サイモンが会話に加わった。「興味深いテーマだ。専門知と民主主義の緊張関係」
「緊張関係?」
「専門家の判断を尊重すべきか、市民の意見を反映すべきか」ノアが説明した。
晴が考え込んだ。「両方必要だけど、矛盾してる?」
「そう見える」サイモンが頷いた。「でも、階層的に考えられる」
「階層的?」
レンが近づいてきた。「話に混ざっていいか?」
「どうぞ」
レンが整理した。「問いには、レベルがある。技術的問いと、価値的問い」
「違いは?」晴が聞く。
「技術的問いは、専門知が必要。『この治療法は有効か』とか」
ノアが続けた。「価値的問いは、万人が関わる。『誰を優先して治療すべきか』とか」
「なるほど」晴が理解した。「医療の効果は専門家、でも優先順位は社会全体で決める?」
「まさに」サイモンが微笑んだ。「民主主義の知恵だ」
「でも、境界が曖昧じゃない?」
レンが認めた。「曖昧だ。だから議論が必要になる」
「じゃあ、素人が専門家に質問するのは?」
「むしろ必須」ノアが強調した。「専門家の説明責任」
晴が驚いた。「専門家は、説明する義務がある?」
「民主社会では、そうだ」サイモンが言った。「知識は権力だから、透明性が必要」
「でも、専門用語ばかりで理解できないことがある」
レンが指摘した。「それは専門家の責任だ。分かりやすく説明できないのは、理解が浅い証拠かもしれない」
「厳しい」
「アインシュタインは言った。『六歳児に説明できなければ、本当には理解していない』」
ノアが補足した。「ただし、全てを単純化できるわけじゃない。ある程度の学習は必要」
「学習する責任は、市民側にもある?」
「あるね」サイモンが頷いた。「権利と義務はセット」
晴がノートに書いた。「市民は学び、専門家は説明する」
「良い整理だ」レンが認めた。
「じゃあ、間違った質問ってある?」
ノアが考えた。「難しい質問だね」
「前提が間違っている質問はある」サイモンが答えた。「『魂の重さは何グラムか』とか」
「魂に重さがあるって前提が疑わしい」
「そう。でも、前提を疑うのも重要な問いだ」
晴が混乱した。「じゃあ、どんな質問でもいいの?」
レンが整理した。「誠実な質問なら、いい。悪意や無知を装った質問は問題」
「悪意?」
「議論を妨害する目的の質問」ノアが説明した。「建設的じゃない」
「無知を装う?」
「答えを知っているのに、相手を困らせるために聞く」サイモンが付け加えた。
晴が頷いた。「問いの動機が大事?」
「動機と、その後の態度」レンが言った。「答えを聞いて、学ぶ姿勢があるか」
「学ぶ気がないなら、問う資格はない?」
ノアが慎重に答えた。「資格という言葉は強いけど、問いの質は下がる」
「問いにも、質がある?」
「ある」サイモンが断言した。「良い問いは、対話を深める。悪い問いは、対話を壊す」
晴が真剣に聞いた。「良い問いって、どんなの?」
レンが例を出した。「オープンエンドで、考えを促し、前提を明確にする」
「具体的には?」
「『なぜそう考えるのか』『他の可能性は』『それは常に成り立つか』」
ノアが付け加えた。「相手を攻撃せず、理解を深める問い」
「私の最初の質問は、良い問い?」
サイモンが微笑んだ。「とても良い。専門知と民主主義の核心を突いている」
晴が嬉しそうに笑った。「じゃあ、もっと質問していい?」
「もちろん」三人が同時に答えた。
「問いかける資格は、誰にでもある?」
レンが頷いた。「人間であることが、唯一の資格だ」
「でも、責任もセット?」
「責任というより、誠実さ」ノアが訂正した。「誠実に問い、誠実に聞く」
晴が立ち上がった。「分かった。たくさん質問する」
「歓迎するよ」サイモンが笑った。
図書室に、問いかける声が響いた。それが、思考の始まりだ。