「意見を言うのが怖い」
海斗が珍しく弱気な声で言った。
レオが本を閉じた。「なぜ?」
「否定されるかもしれないから」
空が興味深そうに見ている。「否定されると、どうなるんですか?」
海斗が考えた。「傷つく。自分が間違ってるって証明される気がする」
レオが分析した。「拒絶感受性が高いのかもしれない」
「拒絶感受性?」
「拒絶や否定を過度に予測し、敏感に反応する傾向だ」空が説明した。
海斗が頷いた。「当たってる。いつも『否定されるかも』って考えちゃう」
レオが聞いた。「なぜそう思うようになったと思う?」
海斗が過去を振り返った。「小さい頃、親によく否定されてた気がする」
「それが影響している可能性は高い」空が言った。「幼少期の経験は、拒絶への感受性を形成します」
レオが補足した。「愛着理論で説明できる。不安定な愛着スタイルの人は、拒絶を恐れやすい」
「愛着スタイル?」海斗が聞いた。
「幼少期の養育者との関係が、大人になってからの対人関係のパターンを作る」空が説明した。
「つまり、親との関係が今の俺に影響してる?」
「可能性はある」レオが認めた。「でも、決定論じゃない。気づけば変えられる」
海斗が少し安心した。「変えられるのか」
空が質問した。「海斗さんにとって、否定されることはどういう意味ですか?」
「自分の価値がないって証明されること」
「そこが問題だ」レオが指摘した。「意見の否定と、存在の否定を混同している」
海斗が驚いた。「違うの?」
「全く違う」空が強調した。「『その意見は違うと思う』は、あなたの人格を否定していません」
レオが続けた。「でも、拒絶感受性が高い人は、それを人格攻撃と受け取りがちだ」
海斗が考え込んだ。「確かに、否定されると自分全体がダメな気がする」
「認知の歪みの一種だ」空が言った。「『全か無か思考』」
「どういうこと?」
「一部を否定されると、全部を否定されたと感じる。グレーゾーンがない」
海斗が頷いた。「まさにそれ」
レオが聞いた。「なぜ他者の評価がそこまで重要なの?」
海斗が答えられなかった。
空が優しく言った。「自己価値を外部に依存しているんですね」
「外部?」
「自分の価値を、他者の承認で決めている。内側からじゃなく、外側から」
海斗が俯いた。「自分で自分の価値を決められない」
「多くの人がそうです」レオが言った。「社会的動物として、他者の評価を気にするのは自然だ」
「でも」空が続けた。「程度が問題です。過度に依存すると、不安定になります」
海斗が聞いた。「どうすれば、自分で価値を決められる?」
レオが答えた。「まず、価値基準を明確にすることだ」
「価値基準?」
「何が自分にとって大切か。誠実さ、創造性、優しさ。内的な基準を持つ」
空が補足した。「そして、その基準に沿って生きているかを自己評価する」
海斗が考えた。「他人の評価じゃなく、自分の基準で評価する」
「そう」レオが頷いた。「もちろん、他者のフィードバックも参考にする。でも、最終判断は自分だ」
空が静かに言った。「否定されることは、情報の一つです」
「情報?」
「『この人は、この点について異なる意見を持っている』という情報。それ以上でも以下でもない」
海斗が目を見開いた。「そう考えたことなかった」
レオが例を出した。「科学では、反証は歓迎される。理論を強化する機会だから」
「否定をチャンスと見る?」
「そう。『なぜこの人は違う意見なのか』を考えることで、視野が広がる」
空が付け加えた。「ただし、建設的な批判と、人格攻撃は区別する必要があります」
「区別できる?」海斗が聞いた。
「建設的な批判は、具体的で改善案がある。人格攻撃は、曖昧で一般化している」
レオが補足した。「『この部分はこう改善できる』対『お前はいつもダメだ』」
海斗が理解した。「後者は無視していい?」
「無視というより、相手の問題として認識する」空が言った。「あなたの価値とは無関係だ」
海斗が深く息を吐いた。「難しいな」
「難しい」レオが認めた。「長年の思考パターンを変えるのは時間がかかる」
空が提案した。「小さく始めましょう。まず、否定と拒絶を分ける練習」
「どうやって?」
「否定されたら、『意見が違うだけ』と自分に言い聞かせる」
レオが加えた。「そして、『自分の価値は変わらない』と確認する」
海斗が聞いた。「本当にそう思えるようになる?」
「繰り返すことで、徐々に内在化される」空が励ました。
レオが静かに言った。「それに、海斗は気づいている。それが一番大切だ」
「気づいているって?」
「拒絶を過度に恐れていることに。無意識だったものを意識化した」
空が微笑んだ。「意識化が、変化の第一歩です」
海斗がゆっくりと言った。「俺、怖がりすぎてたのかな」
「怖いこと自体は悪くない」レオが言った。「問題は、恐怖に支配されること」
「支配されない方法は?」
「恐怖を観察する。『あ、今怖がってる』と気づく。そして、それでも行動を選ぶ」
空が付け加えた。「勇気とは、恐怖がないことじゃない。恐怖があっても行動すること」
海斗が笑った。「哲学的だね」
「心理学と哲学は近い」レオが言った。
海斗が決意した表情を見せた。「次の会議で、意見を言ってみる」
「良いチャレンジですね」空が励ました。「否定されても、あなたの価値は変わりません」
レオが付け加えた。「そして、否定されないかもしれない。予測は当たらないことも多い」
海斗が頷いた。「予測が当たらないこともある、か」
窓の外、雨が上がっていた。恐れと向き合う旅は、これから始まる。
「ありがとう」海斗が言った。「少し、勇気が出た」
空が微笑んだ。「一緒に成長していきましょう」
否定されるのが怖い理由。それは、自己価値を外部に委ねているから。でも、気づくことができれば、内側から価値を見出せる。その旅は続く。