「今日は何もできない」
海斗が力なく言った。教室の隅で、机に伏せている。
日和が近づいた。「海斗くん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない」海斗が正直に答えた。「でも、それがダメなんだ」
空が聞いた。「ダメ?」
「いつも元気でいなきゃいけない。立ち直らなきゃいけない」海斗が続けた。「でも、今日は無理」
日和が優しく座った。「誰が、いつも元気でいなきゃいけないと言ったんですか?」
海斗が考えた。「みんな...いや、自分?」
空がノートを開いた。「それは、有害な信念かもしれません」
「有害?」
「はい。『常に強くあるべき』という考えは、心理的に健全ではありません」
日和が補足した。「人間は、機械ではありません。調子の良い日もあれば、悪い日もあります」
海斗が弱々しく言った。「でも、立ち直れないのは弱さでは?」
「違います」空が断言した。「立ち直れない日を認めることは、むしろ強さです」
「自分の限界を知り、受け入れる勇気」
日和が例を出した。「骨折した足で走り続けますか?」
「走りません」海斗が答えた。「悪化するから」
「心も同じです」日和が言った。「傷ついた心を無理に動かせば、悪化します」
空が補足した。「レジリエンス、つまり回復力は、すぐに立ち直ることではありません」
「適切に休み、回復することです」
海斗が静かに聞いている。
「回復力の高い人は、立ち直りが早い人ではない」空が説明した。
「自分の状態を認識し、必要な休息を取る人です」
日和が優しく言った。「海斗くん、今日は立ち直れない日。それでいいんです」
「でも、みんなは頑張っている」海斗が抵抗した。
「みんなも、立ち直れない日があります」空が答えた。「ただ、見えないだけです」
「SNSで見るのは、元気な日だけ。辛い日は投稿されません」
日和が頷いた。「比較の罠です。他人の最高の日と、自分の最悪の日を比べてしまう」
海斗が少し考えた。「じゃあ、今日は何もしなくていい?」
「何もしなくていい、ではなく」空が訂正した。「今日は、休むことが仕事です」
「休息も、大切な活動」
日和が提案した。「セルフケアをしませんか?自分を労わること」
「セルフケア?」
「好きな音楽を聴く、温かい飲み物を飲む、ゆっくり眠る」日和が列挙した。
「心と体に、『大丈夫だよ』と伝える行動です」
空が補足した。「立ち直るために必要なのは、無理に頑張ることではありません」
「自分に優しくすることです」
海斗が静かに言った。「でも、明日も立ち直れなかったら?」
「それでもいいんです」日和が答えた。「回復には、人それぞれのペースがあります」
空が付け加えた。「ただし、長く続く場合は、専門家に相談することも大切です」
「心の不調は、風邪と同じ。時には医者が必要」
海斗が小さく笑った。「少し楽になった」
「それが第一歩です」日和が微笑んだ。
空が最後に言った。「立ち直れない日を許すことが、本当の強さです」
「自分に厳しくするだけが、成長ではありません」
海斗が頷いた。「今日は、休みます」
日和と空が見守る。立ち直れない日もあっていい。それを認めることが、次の一歩への準備だ。
窓の外で、雲が流れていく。晴れる日も、曇る日もある。それが、自然なことだ。