「友達って、何?」
晴が唐突に聞いた。放課後の図書館、サイモンとノートを広げていた。
「突然だね」サイモンが本から顔を上げた。
「最近、考えるんです。この関係、本物なのかって」
「僕たちの?」
「うん。サイモンは親切だし、話しやすい。でも、もし私が全然変わったら?」
「変わったら?」
「性格とか、趣味とか。今と全く違う人になったら、まだ友達でいてくれる?」
サイモンが考え込んだ。「難しい質問だ」
乃愛が近くのソファから声をかけた。「友情の条件付き性を問うてるんだね」
「条件付き?」晴が振り返る。
「友情には理由がある。共通の興味、価値観、経験...」
「それって、条件がなくなったら終わりってこと?」
サイモンが答えた。「アリストテレスは友情を三種類に分けた。快楽の友情、利益の友情、徳の友情」
「どう違うの?」
「快楽の友情は、一緒にいて楽しいから。利益の友情は、互いに役立つから。徳の友情は、相手の人格そのものを尊重するから」
「じゃあ、徳の友情だけが本物?」
乃愛が補足した。「アリストテレスはそう考えた。でも、それが唯一の見方じゃない」
晴が混乱した。「私たち、どれ?」
「おそらく混在してる」サイモンが言った。「一緒にいて楽しい、勉強で助け合う、そして互いを尊重する」
「混在してたら不純?」
「いや」乃愛が微笑んだ。「むしろ自然だ。人間関係は複雑」
晴が考えた。「でも、もし私が役に立たなくなったら?楽しくなくなったら?」
「それでも君は君だ」サイモンが真剣に言った。
「でも、友情の理由がなくなる」
「理由は変わるかもしれない。でも、関係は続く」
乃愛が別の視点を示した。「友情に『本物』と『偽物』の区別があるか、疑問だね」
「どういうこと?」
「全ての友情は、ある程度条件付きだ。完全に無条件な関係は、親子でさえ難しい」
「じゃあ、本物の友情は存在しない?」
「定義による」サイモンが言った。「もし『無条件』を基準にすれば、ほぼ存在しない。でも『相互の信頼と尊重』を基準にすれば、存在する」
晴が少し安心した。「じゃあ、私たちは友達?」
「もちろん」
「でも、いつか終わるかもしれない」
「それが悲しい?」乃愛が聞く。
「...うん」
「その悲しみが、関係の価値を示してる」
サイモンが頷いた。「ドイツの哲学者シェーラーは言った。友情は永遠を志向するけど、現実には有限だと」
「永遠を志向?」
「友情を結ぶとき、僕たちは『ずっと』を想定する。でも、実際には状況が変わる」
「それって矛盾じゃ?」
「人間的な矛盾」乃愛が言った。「理想と現実のズレ」
晴が窓の外を見た。夕日が校舎を染めている。
「じゃあ、どうすればいい?」
「今を大切にする」サイモンが答えた。「未来の不確実性を受け入れながら」
「今、ここで」
「そう。友情の本物さは、未来の保証じゃなく、今の誠実さにある」
乃愛が静かに言った。「完璧な友情を求めるより、不完全な友情を育てる」
「不完全でいい?」
「不完全だからこそ、努力が意味を持つ」
サイモンが本を閉じた。「僕は君を友達だと思ってる。今は、確実に」
「今は」晴が繰り返した。「それで十分かも」
「十分だ」乃愛が微笑んだ。
図書館の灯りが点いた。友情の境界は曖昧でも、その温かさは確かだ。