「青春って、エントロピー高いよな」
陸が唐突に言った。
「どういう意味?」由紀が聞き返す。
葵が興味深そうに見た。「説明してみて」
「だって、何が起こるかわかんないじゃん。明日どうなるかとか」
「確かに」葵が頷いた。「エントロピーは不確実性の尺度。若いうちは、未来の選択肢が多い」
由紀が理解し始める。「選択肢が多いと、エントロピーが高い?」
「そう。nの選択肢が等確率なら、エントロピーはlog₂(n)ビット」
陸が計算した。「100の進路があったら、約6.6ビット?」
「正解。でも、確率が偏っていたら?」
「エントロピーは下がる」葵が説明した。「例えば、90%の確率で一つの道を選ぶなら、不確実性は低い」
由紀が考えた。「大人になると、エントロピーが減るってこと?」
「とも言える。選択肢が絞られ、予測可能性が上がる」
陸が反論した。「でも、それってつまらなくない?」
「一概には言えない」葵が慎重に答えた。「低エントロピーは、安定性を意味する」
「安定=退屈?」
「必ずしもそうじゃない。自分で選んだ道なら、低エントロピーでも充実している」
由紀がノートに書いた。「エントロピー = 自由度?」
「近い。でも、自由すぎるのも問題だ」
「どういうこと?」陸が聞く。
「最大エントロピーの状態は、一様分布。どれを選んでも同じ」
「それって、選べないのと同じじゃん」
「そうなんだ」葵が認めた。「真の自由は、適度な制約の中にある」
由紀が例を挙げた。「テストの選択問題みたいに?」
「良い例。4択なら、エントロピーは2ビット。でも、知識があれば、選択肢が絞られる」
「情報を得ることで、エントロピーが減る」
「まさに。学習とは、エントロピーを減らす過程だ」
陸が思いついた。「じゃあ、俺たちは今、青春のエントロピーを減らしてるのか?」
「そうかもしれない」葵が微笑んだ。「経験を積むことで、自分の進む道が見えてくる」
「でも、完全にゼロにはしたくないな」
「なぜ?」由紀が聞く。
「だって、驚きがなくなる。全部予測できたら、つまらない」
葵が深く頷いた。「情報理論の美しいところだ。エントロピーゼロは、新しい情報がない状態」
「生きてる実感がない」
「そう。だから、人生には適度な不確実性が必要だ」
由紀が言った。「青春は、エントロピーを楽しむ時期なのかも」
「良い解釈」葵が認めた。「将来の不確実性を、可能性として受け入れる」
陸が笑った。「エントロピー高いまま卒業したらどうする?」
「それはそれで面白い人生だろう」
「でも、ちょっとは減らしたいな。進路くらいは決めないと」
葵が計算を始めた。「今、100の選択肢があるとして、10に絞ったら、エントロピーは約3.3ビット減る」
「結構減るんだ」
「情報ゲインという。新しい情報を得ることで、エントロピーがどれだけ減ったか」
由紀がまとめた。「青春は、情報ゲインの連続」
「詩的だね」葵が微笑んだ。
陸が窓の外を見た。「俺たちの青春エントロピー、今何ビットくらいだろう」
「測れないけど、感じることはできる」
「高い?」
「高いと思う。でも、それがいい」
三人は頷いた。青春のエントロピー。高いからこそ、毎日が新しい情報に満ちている。