「青春って、何だと思いますか?」
由紀の突然の質問に、部室が静まった。
「哲学的だね」葵が微笑んだ。「でも、情報理論で解釈できるかもしれない」
「情報理論で?」陸が興味を示した。
「青春は、高エントロピー状態だ」葵が言った。「未来が不確実で、可能性が無限にある」
「だから不安定?」由紀が聞く。
「でも、それが魅力でもある。低エントロピーな安定より、高エントロピーな可能性」
その時、S教授が部室に入ってきた。
「青春の議論?」教授が静かに言った。
「はい。情報理論的な解釈を試みています」
教授が頷いた。「面白い試みだ。私からも視点を」
三人が注目した。
「青春は、学習過程だ。ベイズ更新の連続」
「ベイズ更新?」陸が聞く。
「新しい経験が、事前確率を事後確率に更新する。失敗も成功も、すべて情報」
葵が補足した。「P(仮説|データ) = P(データ|仮説)・P(仮説) / P(データ)」
「難しい」陸が頭を抱えた。
教授が笑った。「簡単に言えば、経験から学ぶということ」
由紀が理解した。「失恋も、情報として意味がある?」
「もちろん。痛みを伴うデータだけど、世界モデルを更新する」
葵が付け加えた。「サプライズが大きいほど、更新幅も大きい」
「だから青春は、大きな変化の時期?」
「そう。多くのサプライズ、多くの学習」
教授が別の視点を出した。「そして、青春は相互情報量の獲得期でもある」
「相互情報量?」由紀が聞く。
「人と人との関係を理解すること。I(私;他者)の増加」
葵が説明した。「相互情報量は、相手を知ることで得られる情報」
「友情や恋も?」陸が聞いた。
「すべて含まれる。他者を理解し、理解されること」
教授が続けた。「幼少期は、I(私;他者)が低い。でも、青春期に急増する」
「だから人間関係が複雑になる」由紀が理解した。
「そして時に、ノイズも増える」葵が付け加えた。
「ノイズ?」
「誤解、すれ違い、通信エラー。青春には避けられない」
教授が頷いた。「でも、それも学習だ。ノイズへの対処を学ぶ」
陸が考えた。「じゃあ、大人になるって、エントロピーが下がること?」
「ある意味で」教授が認めた。「可能性は狭まるけど、安定性は増す」
「それは悲しい?」由紀が聞く。
「見方による」葵が言った。「エントロピーが下がるのは、選択した証でもある」
「選択?」
「無限の可能性から、自分の道を選ぶ。それが成長だ」
教授が補足した。「そして、選んだ道での情報密度は、むしろ上がる」
「深い理解?」
「そう。広く浅くから、狭く深くへ」
陸が窓の外を見た。「俺たちは今、高エントロピーな青春の真っ只中?」
「そうだね」葵が微笑んだ。「でも、少しずつモデルを更新してる」
由紀が静かに言った。「情報理論で読み解くと、青春が少し違って見えます」
「どう違う?」教授が聞いた。
「不安定さも、混乱も、すべて意味がある。情報を集め、学習する時期だから」
「素晴らしい理解だ」教授が認めた。
葵が付け加えた。「そして、この部室での会話も、相互情報量を増やしてる」
「お互いを理解する過程」
「そう。それが青春の本質かもしれない」
陸が笑った。「情報理論、意外と青春してる」
「数学も人間的だ」教授が言った。「人が作った、人を理解するための道具だから」
四人は静かに、自分たちの青春という高エントロピー状態を楽しんでいた。不確実だけど、可能性に満ちた時間。情報理論で読み解いても、青春は青春だった。