「写真、こんなに撮ってどうするの?」
陸が由紀のスマホを覗き込んだ。
「思い出を残したいから」由紀が答える。
葵が興味を示した。「でも、ストレージは有限だ」
「分かってます。だから時々削除してるんです」
「それが圧縮の本質だ」葵が言った。
「圧縮?」陸が聞く。
「情報量を減らして保存する技術。可逆圧縮と非可逆圧縮がある」
葵はホワイトボードに書いた。
「可逆圧縮:元に完全に戻せる 非可逆圧縮:近似的にしか戻せない」
由紀が考えた。「写真を削除するのは、非可逆?」
「そう。一度削除したら、完全には戻らない。記憶もそうだ」
陸が不思議そうに聞く。「でも、人間の記憶って勝手に圧縮されるよね」
「良い観察だ」葵が頷いた。「脳は自動的に非可逆圧縮を行う。重要な情報を保持し、細部を捨てる」
「だから、昔の記憶は曖昧なんだ」由紀が理解した。
「まさに。ハフマン符号のように、頻度の高い情報を優先する」
葵は図を描いた。
「重要度が高い → 短い符号 → 保持される 重要度が低い → 長い符号 → 忘却される」
陸が笑った。「俺の脳、圧縮率高すぎて、テスト範囲忘れるんだけど」
「それは圧縮アルゴリズムが下手なだけだ」葵が指摘した。
由紀が質問した。「可逆圧縮の方が良いんですか?」
「場合による。可逆は正確だけど、圧縮率が低い。非可逆は圧縮率が高いけど、情報が失われる」
「トレードオフですね」
「そう。JPEGは非可逆、PNGは可逆。用途で選ぶ」
陸が考え込んだ。「じゃあ、青春も圧縮すべき?」
「すでに圧縮されている」葵が答えた。「記憶として保存される時点で」
「でも、圧縮しすぎると、大事なものまで失う」由紀が言った。
「だから、バランスが重要だ。冗長性を適度に残す」
葵は別の図を描いた。
「完全記憶:膨大な容量が必要 適度な圧縮:重要な情報を保持 過剰な圧縮:意味が失われる」
由紀がスマホを見た。「写真、全部残さなくてもいいんですね」
「重要なものを選ぶ。それが圧縮の本質だ」
陸が真剣に言った。「でも、何が重要か、今は分からない」
「鋭い指摘だ」葵が感心した。「最適な圧縮アルゴリズムを見つけるのは難しい」
「だから、人は日記を書いたり、写真を撮ったりする」由紀が理解した。
「外部記憶装置だ。脳の圧縮を補う」
陸が窓の外を見た。夕日が沈んでいく。
「今この瞬間も、いつか圧縮されるんだな」
「そう。でも、重要な瞬間は、圧縮されても残る」葵が静かに言った。
由紀がノートを閉じた。「青春は、自分で圧縮アルゴリズムを選べるんですね」
「選べるし、選ぶべきだ。何を残し、何を捨てるか」
「難しい選択です」
「だから、青春なんだ」葵が微笑んだ。
三人は静かに教室を出た。今日の記憶も、いつか圧縮される。でも、この会話の本質は、残るだろう。
それが、青春圧縮アルゴリズムの結果だ。