「先輩、このレポート、もっと短くできませんか?」
由紀が分厚いレポートを見せた。
葵が読む。「内容は良い。でも、確かに冗長な部分がある」
「圧縮できますか?」
「できる。でも」葵が躊躇した。「圧縮すべきかは別問題だ」
陸が興味を持った。「なぜ?」
「情報圧縮には、ロスがある。何を残し、何を捨てるか。それは価値判断だ」
由紀がノートを開いた。「ロスレス圧縮とロッシー圧縮、ありましたね」
「そう。ロスレス圧縮なら、完全に復元できる。でも、圧縮率は低い」
「レポートは?」
「言葉は、完全なロスレス圧縮が難しい。要約すれば、何かが失われる」
陸が尋ねた。「何が失われるの?」
葵は考えた。「ニュアンス、感情、文脈。数値データと違い、言葉には多層的な意味がある」
「例えば?」
「『ありがとう』と『本当にありがとうございます』。情報量は同じか?」
由紀が答えた。「後者の方が、感謝の深さが伝わります」
「そう。でも、情報理論的には同じ『感謝』というメッセージだ」
陸が理解した。「でも、人間には違いがある」
「正確に。人間のコミュニケーションは、効率だけじゃない」
葵はホワイトボードに図を描いた。
「効率 ← → 豊かさ 圧縮 ← → 表現」
「トレードオフなんですね」由紀が納得した。
「そう。時には効率が必要。でも、時には豊かさが大切」
陸が言った。「じゃあ、いつ圧縮して、いつしない?」
「用途による」葵が答えた。「事務連絡は圧縮。でも、感情を伝える時は、圧縮しない方がいい」
由紀が尋ねた。「なぜ感情は圧縮しない方がいい?」
「感情は、細部に宿るからだ。具体的な描写、繰り返し、比喩。これらが感情の質感を作る」
「質感…」
「例えば、詩。情報効率は最悪だ。でも、心に響く」
陸が笑った。「だから、ラブレターは長い?」
「そうかもしれない。圧縮された『好き』より、冗長でも丁寧な言葉の方が、気持ちが伝わる」
由紀が考えた。「でも、現代は効率重視ですよね。SNS、短文、スタンプ」
「確かに」葵が認めた。「通信路容量が限られていた時代は、圧縮が必須だった。電報、ツイート」
「でも、今は?」
「容量は増えた。でも、人の注意力は有限だ。だから、自然と圧縮する」
陸が尋ねた。「注意力の容量?」
「そう。長いメッセージは、読まれない。だから、短くする」
「でも、それで失われるものは?」
葵は静かに言った。「たくさんある。深い理解、細かい感情、相手への配慮」
由紀が悲しそうに言った。「圧縮の時代なんですね」
「でも」葵が微笑んだ。「だからこそ、圧縮しない時間が貴重になる」
「圧縮しない時間?」
「例えば、今。部室で、ゆっくり話す。効率は悪いかもしれない。でも、豊かだ」
陸が頷いた。「確かに。ここでの会話、無駄が多いけど、楽しい」
「無駄じゃない」葵が訂正した。「冗長性は、余裕だ。余裕があるからこそ、新しい発見がある」
由紀がノートに書いた。「圧縮しないでほしい言葉、ありますか?」
葵は少し考えた。「『大切にしてる』とか『感謝してる』とか。短くもできるけど、丁寧に伝えたい」
「なぜ?」
「その言葉を伝える過程自体が、メッセージの一部だからだ。時間をかけること、丁寧に選ぶこと、それ自体が『大切さ』を表す」
陸が言った。「メタメッセージだ」
「そう。言葉の内容だけでなく、伝え方が情報を運ぶ」
由紀が尋ねた。「じゃあ、レポートはどうすれば?」
「まず、目的を考える。教授に情報を効率的に伝えたいなら、圧縮。でも、思考の過程を見せたいなら、冗長でもいい」
「思考の過程…」
「そう。レポートは、結論だけじゃない。どう考えたか、その道筋も価値がある」
陸が納得した。「圧縮すると、その道筋が見えなくなる」
「正確に。だから、バランスが大事だ」
由紀が微笑んだ。「分かりました。少し圧縮するけど、大切な部分は残します」
「良い判断だ」葵が認めた。
三人は夕暮れの部室で、圧縮しない時間を楽しんだ。
効率は大切だが、それがすべてじゃない。
時には、冗長で、回りくどくて、非効率な言葉が、一番心に届く。