「ミラさん、なぜ話さないんですか?」
レオが直接的に聞いた。外国人らしい率直さだ。
ミラは黙ったまま。いつものように、ノートに書こうとした。
「書くのではなく、言葉で」レオが続けた。「なぜ話すのが怖いんですか?」
空が介入した。「レオさん、それは…」
「いいんです」ミラが小さな声で言った。「聞かれて初めて、考えます」
レオが待つ。空も静かに観察する。
「話すと、評価される」ミラがゆっくり言った。「それが怖い」
「評価?」レオが確認した。
空がノートを開いた。「社会的評価への不安ですね」
「自分を表現すると、他者に判断される。その恐怖が、自己開示を妨げる」
レオが考えた。「でも、評価されないことはありません。なぜそんなに怖がるんですか?」
ミラが少し考えてから答えた。「拒絶されたら、自分の存在が否定される気がする」
「興味深い」レオが言った。「あなたは、自分の意見と自分自身を同一視している」
空が補足した。「これは、よくある認知の歪みです」
「意見が否定されること=自分が否定されること、ではありません」
ミラが静かに聞いている。
レオが例を出した。「私はドイツから来ました。日本語を間違えることがあります」
「でも、日本語が下手=私が無価値、とは思いません」
「それは違う」ミラが反論した。「言語は能力。意見は、自分自身です」
空が介入した。「ミラさんの感じ方は、理解できます。でも、レオさんの視点も正しい」
「意見は、自分の一部。でも、全体ではありません」
レオが頷いた。「人間は、多面的です。一つの意見で、全てが決まるわけではない」
ミラが静かに言った。「でも、判断されるのは、やはり怖い」
「それは自然な感情です」空が認めた。「脆弱性を見せることへの恐怖」
「脆弱性?」
「自分の内面を開示すること」空が説明した。「それは、傷つく可能性を受け入れることです」
レオが真剣に言った。「しかし、脆弱性なしに、本当のつながりは生まれません」
「心理学の研究でも証明されています」空が付け加えた。「自己開示は、親密さの基礎です」
ミラが疑わしそうに見る。「でも、拒絶されたら?」
「それもあります」レオが認めた。「でも、受け入れられることもあります」
「話さなければ、どちらも起きません」
空がノートに書いた。「自己表現の恐怖は、二つの要素から成ります」
「評価への不安と、拒絶の予期」
「どちらも、未来の出来事についての推測です」
ミラが考えた。「まだ起きていないことを、恐れている」
「そう」レオが言った。「それは合理的ですか?」
「わかりません」ミラが正直に答えた。「でも、感情は合理的じゃない」
空が微笑んだ。「その通りです。感情を合理化する必要はありません」
「でも、挑戦することはできます」
レオが提案した。「小さく始めませんか?今、私たちに、何か話してみる」
ミラが躊躇する。
「ここは安全です」空が言った。「私たちは、あなたを評価しません」
ミラが深呼吸した。「私は...絵が好きです」
レオが笑顔になった。「それは素晴らしい」
「評価されましたか?」空が優しく聞いた。「否定的に?」
ミラが首を振った。「でも、これは小さなことです」
「全ての始まりは小さい」レオが言った。「大きな自己表現も、小さな一歩から」
空が補足した。「自己表現の恐怖は、練習で減らせます」
「安全な環境で、少しずつ」
ミラが静かに言った。「いつか、もっと話せるようになりますか?」
「絶対に」レオが断言した。「でも、完璧に話す必要はありません」
「あなたのペースで」
空が最後に言った。「自己表現が怖いのは、人間らしいことです。でも、それに縛られる必要はありません」
ミラがノートを閉じた。今日は、少しだけ話せた。それは、小さいけれど確かな一歩だった。