「ラジカルって、孤独?」
奏が化学の本を読んでいた。
零が答えた。「孤立した電子。対を持たない」
「対?」
「電子は通常、ペアになる。でもラジカルは、不対電子を持つ」
ミリアが補足した。「その孤独が、ラジカルを危険にする」
「危険?」
「非常に反応性が高い。相手を見つけようとする」
零が図を描いた。「・OH ヒドロキシルラジカル。点が不対電子」
「たった一つの電子が足りない」
奏が理解した。「だから、他から奪う?」
「そう。電子を奪う。それが酸化」
ミリアが説明した。「生体内では、スーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシルラジカル」
「これらが、酸化ストレスを引き起こす」
「酸化ストレス?」奏が聞いた。
「細胞成分が酸化される。DNA、タンパク質、脂質」
零が具体例を出した。「脂質過酸化。細胞膜の脂肪酸がラジカルに攻撃される」
「一つの脂肪酸がラジカル化すると、連鎖反応が起きる」
「連鎖?」
「ラジカルが隣の分子から電子を奪う。その分子もラジカルになる」
ミリアが図を描いた。「ROOOOR→ROOO...」
「雪崩のように広がる」
奏が怖くなった。「止められないの?」
「抗酸化物質」零が答えた。「ビタミンC、ビタミンE、グルタチオン」
「これらがラジカルを捕まえる」
「捕まえる?」
ミリアが説明した。「電子を渡して、ラジカルを安定化させる」
「たとえば、ビタミンEは脂溶性。膜の中でラジカルを捕捉する」
零が化学式を書いた。「E-OH + ROO・→ E-O・+ ROOH」
「ビタミンE自身がラジカルになる。でも、安定なラジカル」
「安定?」奏が驚いた。
「共鳴構造。不対電子が非局在化する」
ミリアが補足した。「だから、連鎖反応を止められる」
「そして、ビタミンCがビタミンEを再生する」
奏が質問した。「なんでラジカルができるの?」
零が答えた。「代謝の副産物。電子伝達系で、酸素が不完全還元される」
「O2 → O2・- スーパーオキシドラジカル」
「これをスーパーオキシドディスムターゼが処理する」
ミリアが続けた。「SOD。酵素がスーパーオキシドを過酸化水素に変換する」
「そして、カタラーゼが過酸化水素を水に」
「2 H2O2 → 2 H2O + O2」
奏が整理した。「生体は、ラジカルを作って、処理してる?」
「そう。バランスの問題」零が認めた。
「でも、バランスが崩れると?」
「老化、がん、神経変性疾患」ミリアが真剣に言った。
「ラジカルが、細胞を傷つける」
零が付け加えた。「紫外線、放射線、喫煙。外部からもラジカルが生じる」
奏が質問した。「ラジカルは、悪者だけ?」
「いや」ミリアが否定した。「免疫細胞は、ラジカルで細菌を殺す」
「好中球が、スーパーオキシドを武器にする」
零が説明した。「呼吸バースト。大量のスーパーオキシドを放出する」
「それで、病原菌のDNAやタンパク質を破壊する」
奏が理解した。「ラジカルは、道具でもある」
「使い方次第」ミリアが認めた。
「でも、制御が重要。暴走すると、自分の細胞も傷つく」
零が窓の外を見た。「酸素があるから、ラジカルが生まれる」
「酸素は、二面性を持つ」
ミリアが続けた。「生命に必須だけど、危険でもある」
「酸素毒性。深海生物が避ける理由」
奏がつぶやいた。「ラジカルは、孤独だから反応する」
「電子のペアを探してる」
零が静かに言った。「孤立は、不安定を意味する」
「分子も、人間も」
ミリアが微笑んだ。「でも、孤立は一時的。必ず相手が見つかる」
「そして、安定になる」
奏がノートを閉じた。「ラジカルも、平和を求めてる」
「電子のペアという、平和」
三人は沈黙した。見えないラジカルが、細胞の中で生まれ、消えていく。孤立と安定の、終わりなき循環。