「メニュー、多すぎない?」
春がカフェのメニューを見ながら言った。レンと乃愛も同じように困惑している。
「確かに。50種類以上ある」レンが数えた。
「選べない」春が頭を抱えた。「なんでこんなに迷うんだろう」
「選択のパラドックスだね」レンがメニューを置いた。「選択肢が多すぎると、かえって決められなくなる」
「心理学で実証されてる現象だ」
乃愛が興味を示した。「でも、選択肢がない方が嫌じゃないですか?」
「そう思うだろう?でも実際は、適度な選択肢の方が満足度が高い」
春が考えた。「なぜ?選べる方が自由なのに」
「選択には責任が伴うからだ」レンが説明し始めた。「自分で選ぶということは、その結果も自分のものになる」
「後悔の可能性」
「そう。もっと良い選択があったかもしれない、という不安が常につきまとう」
乃愛が頷いた。「だから誰かに決めてもらう方が楽なんですね」
「他者に決定を委ねれば、失敗しても言い訳ができる」
春が反論した。「でも、それって自由じゃないよね」
「自由と不安は表裏一体だ」レンが言った。「サルトルは『人間は自由の刑に処されている』と言った」
「自由の刑?」
「選ばざるを得ない、という状況そのものが刑罰だということ」
「重いな」春が呟いた。
乃愛が別の角度から言った。「でも、選ばないことも選択ですよね」
「鋭い指摘だ。『決めない』という決定も、一つの選択になる」
春が深く息をついた。「じゃあ、逃げられないんだ」
「逃げられない。それが実存主義の核心だ」
レンが続ける。「キルケゴールは、選択によって人は自己を形成すると言った」
「選ぶことで、自分が何者かが決まる?」
「そう。選択の積み重ねが、その人の人生になる」
乃愛が静かに言った。「だから怖いんですね。選択は、自分を定義する行為だから」
「完璧に言語化された」レンが認めた。
春がメニューを見直した。「でも、コーヒー一杯を選ぶのに、そこまで考える必要ある?」
「ない」レンが笑った。「すべての選択が実存的なわけじゃない」
「些細な選択は、直感に任せていい。重要なのは、重大な選択の時に自覚的であること」
乃愛が付け加えた。「そして、選んだことに責任を持つこと」
春が決めた。「じゃあ、ブレンドコーヒーにする。理由は、一番シンプルだから」
「良い選択だ」レンが言った。「明確な基準がある」
「基準を持つことが、選択を楽にする」
三人はそれぞれ注文を決めた。店員が来る。
「選択って、結局は自分との対話なんだね」春が言った。
「自分が何を望んでいるか、何を大切にしているか」
「それを知るためのプロセス」
乃愛が微笑んだ。「そう考えると、選択は怖いだけじゃないかもしれません」
「成長の機会でもある」
レンが締めくくった。「選択を恐れるのは人間的だ。でも、それを避け続けることはできない」
「なら、少しずつ慣れていくしかないね」
注文したコーヒーが運ばれてきた。小さな選択の結果が、今ここにある。