「完璧じゃなきゃダメだ」
晴が自分のノートを破り捨てた。
乃愛が静かに聞く。「なぜ完璧である必要があるの?」
「だって…中途半端は嫌だ」
美緒が静かに座っている。いつものように。
乃愛が優しく問う。「完璧って何?」
晴が答えに詰まった。「え?欠点がないこと」
「欠点がないって、可能?」
「理想的にはね」
「でも、現実には?」
晴が認めた。「不可能かも…」
乃愛が別の角度を示した。「じゃあ、なぜ不可能なものを求めるの?」
「分からない。でも、求めてしまう」
美緒がノートに何かを書いて、見せた。「Imperfection is human」
「不完全さは人間的」晴が訳した。
乃愛が頷いた。「そう。完全を求めるのも、不完全だから」
晴が混乱した。「矛盾してない?」
「矛盾してる」乃愛が微笑んだ。「でも、それが人間」
「プラトンは完全なイデアを語った」乃愛が続けた。「でも、それは現実には存在しない」
「じゃあ、なぜ語る?」
「目標として。方向性として」
晴が考えた。「到達できない目標?」
「そう。でも、目標があるから進める」
美緒がまた書いた。「The journey, not the destination」
「目的地じゃなく、旅」晴が読んだ。
乃愛が補足した。「完全に到達することより、完全に近づく過程」
晴が疑問を持った。「でも、それって終わりがない苦しみじゃない?」
「見方次第」乃愛が言った。「終わりのない成長とも言える」
「成長…」
「完全を求めるのは、向上心の表れ。悪いことじゃない」
晴が考え込んだ。「じゃあ、いつ満足すればいい?」
「難しい問いだ」乃愛が認めた。「でも、不完全を受け入れることも大切」
「矛盾してない?完全を求めつつ、不完全を受け入れる?」
「矛盾してる」乃愛が微笑んだ。「でも、バランスだ」
美緒が立ち上がり、ホワイトボードに書いた。
「Perfect is the enemy of good」
「完全は善の敵」晴が訳した。「どういうこと?」
乃愛が説明した。「完全を求めすぎると、良いものも拒否する」
「例えば?」
「80点の作品があっても、100点じゃないから出さない」
晴がドキリとした。「まさに今の私…」
「そう。完全主義は、しばしば行動を妨げる」
美緒が小さく頷いた。
晴が窓の外を見た。満月が見える。でも、よく見るとクレーターだらけ。
「月も完璧じゃない」
「でも美しい」乃愛が言った。「不完全さが、独自性を生む」
「不完全さが美?」
「日本の美学には『わびさび』がある。不完全、無常、未完成を美とする」
晴が考えた。「西洋とは違う?」
「西洋も最近は変わってきた」乃愛が言った。「ポストモダンは完全性を疑う」
美緒がまた書いた。「Embrace the cracks」
「ひび割れを受け入れる」晴が訳した。
乃愛が補足した。「金継ぎって知ってる?壊れた陶器を金で修復する」
「知ってる」
「傷を隠さず、強調する。それが美になる」
晴が深呼吸した。「じゃあ、私の不完全さも…」
「受け入れていい」乃愛が優しく言った。「それがあなたを特別にする」
美緒がそっと晴の手を握った。無言の励まし。
晴が破ったノートを拾った。「もう一度見てみる。完璧じゃなくても」
「良い決断だ」乃愛が微笑んだ。
「完全を求める心と、不完全を受け入れる心。両方持てる?」
「持つべきだ」乃愛が言った。「それが成熟」
美緒が最後に書いた。「You are complete in your incompleteness」
「不完全さの中で、あなたは完全」晴が読んだ。
「美緒は詩人だね」乃愛が言った。
晴が笑った。「哲学って、矛盾だらけ」
「だから面白い」乃愛が答えた。
三人は静かに考えた。完全と不完全。その間で揺れる人間性について。