「なぜ、君はいつも質問するんだ?」
サイモンが晴に尋ねた。
「え?それは…分からないことがあるから」
「でも、答えを得ても、また新しい質問が生まれる。終わりがない」
晴が考え込んだ。「確かに。一つ理解すると、十個の疑問が出てくる」
美緒が静かに座っている。いつものように。
サイモンが続けた。「ソクラテスは『無知の知』を語った。知らないことを知ることが、知恵の始まり」
「でも、それって矛盾してない?知るために問うなら、問いは減るはず」
「逆だ。知るほど、問いは増える」
晴が不思議そうに聞く。「なぜ?」
「知識の輪郭が広がるから。輪の内側が知識、外側が未知。輪が大きくなるほど、境界線も長くなる」
「なるほど…」
サイモンが別の視点を示した。「でも、問いには別の意味もある」
「別の意味?」
「答えを得るためだけじゃなく、問うこと自体が目的」
晴が混乱した。「答えがないのに問う?」
「哲学では、そういう問いが多い」サイモンが言った。「『人生の意味は?』に、決定的な答えはない」
「じゃあ、なぜ問うの?」
「問うことで、自分の存在を確認する」
美緒が小さなメモを晴に渡した。「I question, therefore I am」
「デカルトの変奏だね」サイモンが微笑んだ。「考える、じゃなく、問う」
晴がメモを見つめた。「問うことが、存在証明…」
「そう。動物は問わない。人間だけが、自分の存在を問う」
「でも」晴が疑問を持った。「答えのない問いは、無意味じゃない?」
サイモンが首を横に振った。「プロセスに意味がある。問い続けることで、思考が深まる」
「答えより、問いの質?」
「ハイデガーは『問いは思考の敬虔さ』と言った」
晴が窓の外を見た。子どもたちが遊んでいる。質問を投げ合っている。
「子どもは、自然に問うね」
「好奇心が純粋だから」サイモンが言った。「大人は、答えを期待してしまう」
「期待しない方がいい?」
「期待は持っていい。でも、執着しすぎると、問いが固くなる」
美緒がまた書いた。「Open questions, open minds」
「開かれた問い、開かれた心」晴が訳した。
サイモンが頷いた。「美緒は、いつも核心を突く」
「でも、問い続けるのって疲れない?」晴が正直に言った。
「疲れる」サイモンが認めた。「だから、時には答えに満足することも大切」
「矛盾してない?」
「人生は矛盾だらけだ」サイモンが笑った。「問い続けることと、立ち止まること。両方必要」
美緒が立ち上がり、ホワイトボードに書いた。
「Questions create meaning」
「問いが意味を作る」晴が読んだ。
「そう」サイモンが言った。「意味は、発見するものじゃなく、創造するもの」
「問いを通して?」
「問いを通して、対話を通して、思考を通して」
晴が深呼吸した。「じゃあ、問いに終わりがないのは当然だね」
「終わりがあったら、思考も止まる」
美緒が微かに微笑み、席に戻った。
晴がサイモンに尋ねた。「一番大切な問いって何?」
サイモンが考え込んだ。「それを問うこと自体が、一番大切な問いかもね」
晴が笑った。「また問いが増えた」
「それが人間だ」サイモンが言った。「問い続ける存在」
美緒がノートを閉じた。彼女の沈黙が、最も深い問いを含んでいる気がした。
三人は、それぞれの問いを抱えたまま、部室を後にした。答えはなくても、問いがある。それで十分だった。