「先生、今日すごく怒ってたな」
海斗が言った。授業後、四人は廊下で話していた。
「何かあったの?」日和が聞く。
「わからない。質問しただけなのに、突然きつい口調になった」
レオが興味を示した。「それは帰属理論の良い例だ」
「帰属理論?」
「人の行動の原因を、どう説明するかという心理学理論だ」レオが説明した。
空がノートを取り出した。「つまり、先生が怒った原因を、私たちがどう解釈するかってこと?」
「正確」
海斗が言った。「先生は、俺のことが嫌いなんだと思う」
「それは内的帰属だ」レオが指摘した。「原因を先生の性格や態度に求めている」
「違うの?」
「もう一つの可能性は外的帰属。状況や環境に原因を求めること」
日和が提案した。「先生、今日は何か良くないことがあったのかもしれない」
「例えば?」
「家庭の問題、体調不良、他のクラスでトラブルがあった、など」
海斗が考えた。「確かに、先生の機嫌が悪い理由は、俺以外にもあるかもしれない」
空が補足した。「人は、他者の行動を説明する時、状況を過小評価して性格を過大評価する傾向がある。これを基本的帰属の誤りと言います」
「つまり、俺は先生の状況を考えずに、『先生は怒りっぽい人』と決めつけた?」
「そういうこと」レオが認めた。「でも、自分の行動を説明する時は逆になる」
「どういう意味?」
「海斗が誰かに怒ったとしよう。その時、海斗は『状況がそうさせた』と説明する。でも、他者から見ると『海斗は短気だ』と思われる」
日和が笑った。「ダブルスタンダードですね」
「自己奉仕バイアスとも呼ばれる」空が加えた。「成功は自分のおかげ、失敗は状況のせい、と考える傾向」
海斗が反省した。「俺、かなり偏った見方をしてたんだ」
レオが続けた。「でも、これは誰にでもある。視点の違いが原因だ」
「視点?」
「行為者と観察者では、見えている情報が違う。行為者は状況をよく知っているけど、観察者は行動しか見えない」
空が例を出した。「海斗くんが遅刻した時、本人は『電車が遅れた』と知ってるけど、先生は『海斗が遅刻した』という事実しか見えない」
「だから、先生は『海斗は時間にルーズだ』と思う」
「でも、本当は電車のせいだった」
日和がまとめた。「だから、相手の行動を判断する前に、状況を理解しようとすることが大切なんですね」
「そう。これを状況的視点取得と言う」レオが説明した。
海斗が決意した。「先生に謝ってみる。『何か大変なことがあったんですか?』って聞いてみよう」
「良いアプローチだ」レオが認めた。「共感を示すことで、関係が改善するかもしれない」
日和が微笑んだ。「海斗くん、成長してますね」
「でも」空が言った。「状況を考慮しすぎて、本当の問題を見逃すこともあるので注意が必要です」
「どういうこと?」
「例えば、常に人を傷つける行動をする人がいたとして、『この人も辛い状況なんだ』と擁護し続けると、問題行動を容認してしまう」
レオが頷いた。「バランスが重要だ。状況も性格も、両方考慮する」
海斗が理解した。「状況を理解しつつ、行動パターンも見る」
「そう。一度の行動だけで判断せず、複数の場面を観察する」
日和が加えた。「そして、可能なら本人に確認する。『どうしたの?』と聞くだけで、誤解が解けることもある」
空がノートに書いた。「帰属の誤りを避けるために:①状況を考慮する②複数の事例を見る③本人に確認する」
海斗が笑った。「心理学を学ぶと、人に優しくなれる気がする」
「理解が深まるからね」レオが言った。「でも、理解することと、すべてを許すことは違う」
「判断力を失わずに、共感的になる」
「完璧」日和が認めた。
四人は階段を下りていった。他者の行動を理解する旅は、自己理解の旅でもある。
「先生に会ったら、まず状況を聞いてみる」海斗が言った。
「きっと、良い対話になるよ」空が励ました。
なぜあの人は怒ったのか。答えは、一つじゃない。