「これは正義だ」
ニュースを見ながら、晴が言った。
「誰にとっての正義?」蓮が問い返した。
「みんなにとって」
「みんな、は存在しない」サイモンが加わった。
晴が驚いた。「正義は一つじゃない?」
「立場によって変わる」蓮が答えた。
「でも、明らかな悪はある」
「悪と思う人もいれば、正義と思う人もいる」
晴が混乱した。「じゃあ、客観的な正義はない?」
サイモンが説明した。「ロールズは『無知のヴェール』を提案した」
「無知のヴェール?」
「自分の立場を知らない状態で、正義を考える」
「なぜ?」
「偏りを排除するため。公平な判断のために」
蓮が補足した。「自分が金持ちか貧乏か、知らないとする」
「どんな社会を選ぶ?」
「最も不利な立場でも、許容できる社会」
晴が考えた。「自己保存の論理?」
「そう。でも、それが公正さを生む」
サイモンが別の視点を出した。「功利主義では、最大多数の最大幸福が正義だ」
「多数派の利益?」
「そう。でも、少数派が犠牲になる」
晴が反論した。「それは不正じゃない?」
「功利主義的には、全体の利益が優先される」
蓮が言った。「カント的には、人を手段にしてはいけない」
「人は目的?」
「そう。どんな理由があっても、尊厳は侵せない」
晴が混乱した。「正義の定義が、バラバラ」
「哲学史がそうだ」サイモンが認めた。「一つの答えはない」
「じゃあ、どう決めるの?」
「対話と合意。民主主義の基盤だ」
蓮が補足した。「手続き的正義。プロセスが公正なら、結果も正義とする」
「プロセス?」
「みんなが参加して、納得して決めたか」
晴が頷いた。「でも、多数決は?」
「多数決にも限界がある。基本的人権は、多数決で奪えない」
「人権が、正義の基準?」
サイモンが答えた。「国連人権宣言は、普遍的正義を目指した」
「でも、文化によって解釈が違う」
「そこが難しい。文化相対主義と普遍主義の対立だ」
蓮が例を出した。「ある文化では正しいが、別の文化では間違い」
「どちらが正義?」
「両方かもしれないし、どちらでもないかもしれない」
晴が溜息をついた。「正義って、曖昧」
「曖昧だが、必要」サイモンが言った。
「なぜ?」
「社会の秩序のため。共通の基準がなければ、混乱する」
蓮が続けた。「でも、絶対化すると、暴力になる」
「自分の正義を押し付ける」
「歴史は、その繰り返しだ」
晴が聞いた。「じゃあ、どうすれば?」
「謙虚さ」サイモンが答えた。「自分の正義も、一つの視点に過ぎない」
「相対化?」
「でも、何でもありではない」
蓮が説明した。「最低限の共通基盤はある。暴力の否定、とか」
「普遍的なもの?」
「かなり普遍的。完全ではないが」
晴が考えた。「正義は、目指すもの?」
「到達できないが、目指す価値がある」サイモンが頷いた。
「地平線みたい」
「そう。近づいても、完全には届かない」
蓮が窓を見た。「正義は、プロセスだ」
「完成しない?」
「常に更新される。社会が変われば、正義も変わる」
晴が立ち上がった。「じゃあ、正義は誰の味方でもない」
「みんなの味方であろうとする。でも、完璧にはできない」サイモンが答えた。
「不完全な正義」
「人間が不完全だから」蓮が言った。
晴が微笑んだ。「でも、諦めない」
「そう。諦めたら、終わり」
サイモンが立ち上がった。「正義は対話だ。異なる視点を聞き、調整する」
「終わりのない対話」
「そう。それが民主主義だ」
三人は教室を出た。正義を求めて、でも一つの答えはない。
晴がつぶやいた。「正義は、みんなで作るもの」
「作り続けるもの」蓮が答えた。
「更新し続けるもの」サイモンが付け加えた。
正義は完成しない。でも、それでいい。完成しないから、対話が続く。