「先輩、変わってしまった」
晴が悲しそうに言った。
「どう変わった?」亜が聞く。
「一年前は、画家になるって輝いてた。今は『現実を見ろ』って」
蓮が考えた。「夢を失ったんだ」
「なぜ、人は夢を失うのかな」晴が問う。
亜が静かに答えた。「いくつか理由がある」
「教えて」
「まず、外的圧力。社会、家族、経済的制約」
蓮が補足した。「『それじゃ食えない』『不安定だ』という声」
「それで諦める?」
「諦めさせられる」亜が訂正した。「自分の意志より、外の声が大きくなる」
晴が悔しそうに言った。「でも、先輩は強い人だったのに」
「強さにも限界がある」蓮が認めた。「繰り返される否定に、人は疲れる」
亜が付け加えた。「それに、時間も関係する」
「時間?」
「夢を追う時間が長くなると、機会費用が増える」
晴が理解できず聞いた。「機会費用?」
「他の選択肢を捨てるコスト」蓮が説明した。「画家を目指す間、他のキャリアは築けない」
「でも、それは最初から分かってたことでは?」
「理屈では。でも、実感は別だ」亜が言った。「二十代前半と後半では、焦りが違う」
蓮が深く頷いた。「時間の重みは、加速度的に増す」
晴が別の疑問を持った。「でも、諦めない人もいる。何が違うの?」
亜が答えた。「いくつか要因がある。才能、環境、運。でも、最も重要なのは」
「何?」
「夢の再定義能力」
「再定義?」
蓮が解説した。「夢は固定的じゃない。状況に合わせて、柔軟に変えられる人は強い」
「例えば?」
「画家になる夢が、芸術に関わる夢に変わる。美術教師、デザイナー、キュレーター」
晴が理解した。「本質を保ちながら、形を変える?」
「そう」亜が頷いた。「でも、それができない人もいる。完璧主義だったり、こだわりが強かったり」
「先輩は、完璧主義だった」晴が思い出した。
「だから、画家以外は意味がないと思ったのかも」蓮が分析した。
亜が静かに言った。「夢を失うもう一つの理由は、成功の恐怖」
「成功の恐怖?」晴が驚いた。
「成功すると、期待が高まる。それに応え続けるプレッシャー」
「だから、最初から諦める?」
「無意識に。自己防衛だ」
蓮が別の角度を提示した。「夢を失うのは、必ずしも悪いことじゃない」
「え?」晴が驚く。
「成長の一部かもしれない。若い頃の夢は、しばしば未熟な自己理解に基づく」
亜が同意した。「自分を知ることで、夢が変わる。それは進化だ」
「じゃあ、先輩は進化した?」
「可能性として」蓮が言った。「でも、区別が必要だ。進化と諦めの違い」
「どう違うの?」
「進化は、新しい目標を見つける。諦めは、目標自体を失う」
亜が付け加えた。「先輩が『現実を見ろ』と言うとき、新しい目標があるか?」
晴が考えた。「...ない。ただ、安定した仕事を探してるだけ」
「それは、諦めに近い」蓮が静かに言った。
晴が悲しんだ。「もう取り戻せない?」
「分からない」亜が正直に答えた。「でも、夢は死なない。眠るだけ」
「眠る?」
「状況が変われば、また目覚めることもある」
蓮が例を出した。「定年後に絵を描き始める人もいる。夢の時間軸は、人それぞれ」
晴が希望を持った。「じゃあ、まだ遅くない?」
「人生に『遅い』はない」亜が微笑んだ。「ただ、『今』があるだけ」
「でも、若いうちの方が有利では?」
「分野による」蓮が答えた。「体力が必要なら若さが有利。でも、芸術や知的分野は、経験が武器になる」
晴が深呼吸した。「人はどこで夢を失うのか。答えは一つじゃないんだね」
「そう」亜が頷いた。「でも、共通点はある」
「何?」
「自分を信じられなくなったとき」
蓮が補足した。「外的要因もあるが、最終的には内的な問題」
「自己信頼?」
「そう。『自分にはできる』という感覚。それが崩れると、夢も崩れる」
晴が考え込んだ。「じゃあ、夢を守るには?」
「小さな成功体験を積む」亜が提案した。「自己効力感を維持する」
蓮が付け加えた。「そして、夢を語れる仲間を持つ。孤独は、夢の敵だ」
晴が窓の外を見た。「先輩に、何か言えるかな」
「押し付けはできない」亜が静かに言った。「でも、扉を開けておくことはできる」
「扉?」
「『夢、まだある?』と聞くだけでいい。思い出すきっかけになるかも」
蓮が頷いた。「夢は、対話の中で再燃することがある」
晴が立ち上がった。「先輩に会ってくる」
「頑張って」亜が微笑んだ。
晴が去った後、蓮が言った。「晴自身も、夢を持ち続けられるかな」
「分からない」亜が答えた。「でも、今日の対話が、種になるかもしれない」
二人は静かに微笑んだ。夢を失わないために、語り続ける。
夢は、対話の中で生き続ける。