「分からないんです」
日和が珍しく困惑した表情を見せた。
空が静かに聞いた。「何が分からないんですか?」
「自分が何を感じているのか」日和が答えた。
レオが驚いた。「日和は、いつも感情に敏感なのに」
「他人の感情には敏感です。でも、自分の感情が...」日和が言葉を探した。
空が観察した。「聞こえなくなった?」
「そう。心の声が」
レオが考えた。「いつから?」
日和が振り返った。「最近、誰かの相談ばかり聞いていて」
空が静かに言った。「他人の感情を優先しすぎると、自分の感情が見えなくなります」
「なぜ?」日和が聞いた。
「注意のリソースが限られているから」空が説明した。「他者に向けすぎると、自己への注意が減る」
レオが補足した。「心のエネルギーの配分の問題だね」
日和が苦しそうに言った。「でも、どうすれば自分の声が聞こえるようになりますか?」
空が考えた。「まず、静かな時間を作ること」
「静かな時間?」
「何もせず、ただ自分の内側を観察する時間」
レオが例を出した。「瞑想みたいなもの?」
「近いです」空が認めた。「外部の刺激を減らして、内側に耳を澄ます」
日和が試した。「今、やってみてもいいですか?」
「もちろん」空が言った。
日和が目を閉じた。しばらく静寂が続いた。
やがて日和が目を開けた。「何も感じません」
「最初はそうです」空が優しく言った。「長い間無視していた感情は、すぐには戻らない」
レオが聞いた。「他の方法は?」
空が提案した。「書くことです。思いついたことを、そのまま書く」
「ジャーナリング」日和が言った。
「そう。批判せず、ただ書く。何を感じているかを探る作業」
日和がノートを取り出した。「今、やってみます」
空とレオは静かに待った。
日和がペンを走らせた。最初は遅かったが、徐々に速くなった。
数分後、日和が顔を上げた。「少し、分かった気がします」
「何が?」空が聞いた。
「私、疲れてたんです。でも、それを認めたくなかった」
レオが理解した。「なぜ認めたくなかった?」
「疲れたら、誰かを助けられなくなるから」
空が静かに言った。「そこが問題です」
「問題?」日和が聞いた。
「自分の感情を、役割で抑圧している」
日和が驚いた。「抑圧...」
空が説明した。「『聞き役』という役割が、本当の感情を隠してしまっている」
レオが補足した。「役割と自分を同一視しすぎてる」
日和が深く考えた。「確かに...私は聞き役だから、弱音を吐けないと思ってた」
「でも、あなたも人間です」空が言った。「疲れる権利がある」
日和が涙ぐんだ。「ずっと、それを押し殺してました」
レオが優しく言った。「心の声を無視すると、いつか聞こえなくなる」
空が加えた。「でも、今日気づけたことは大きい」
日和が聞いた。「これから、どうすれば?」
「定期的に、自分の感情をチェックする」空が提案した。
「どうやって?」
「一日の終わりに、今日何を感じたか振り返る」
レオが加えた。「そして、それを認める。良いも悪いもない、ただの感情として」
日和がノートに書いた。「感情の定期チェック」
空が続けた。「心の声が聞こえなくなるのは、無視した結果です」
「でも、取り戻せる」レオが励ました。
日和が微笑んだ。「ありがとう。自分の声を大切にします」
空が静かに言った。「他人を助けることも大切。でも、自分を聞くことも同じくらい大切」
レオが加えた。「バランスだね。他者と自己の」
日和が窓の外を見た。「心の声を取り戻す旅が、今日から始まります」
空が頷いた。「小さな一歩ですが、確実な一歩」
三人は静かに座っていた。心の声は、注意を向ければ、必ず戻ってくる。日和は、それを信じることにした。