「スコアは-8.5。良好だ」
リナがドッキング結果を確認した。
「でも、実測値は?」エイジが聞いた。
「IC50は100マイクロモーラー。期待外れだ」
アキラがため息をついた。「またスコアリング関数に騙された」
「騙された?」
「スコアが良くても、実際の活性は低い。よくあることだ」リナが説明した。
「なんでスコアリング関数は、そんなに不正確なんですか?」
「複雑すぎるからだ」アキラが答えた。「タンパク質-リガンド結合の自由エネルギーを、簡単な式で表そうとしている」
リナがホワイトボードに式を書いた。
「ΔG = ΔG_vdW + ΔG_elec + ΔG_hbond + ΔG_desolv + ΔG_entropy」
「ファンデルワールス、静電、水素結合、脱溶媒和、エントロピー…」
「これらを足し合わせて、結合親和性を予測する。でも、各項の重みが難しい」
エイジが補足した。「スコアリング関数は、知られた複合体構造で訓練されている。でも、汎化性能は限定的だ」
「汎化性能?」
「訓練データにない標的やリガンドにも、正確に予測できるか、という性質」
リナが具体例を挙げた。「例えば、疎水性ポケットで訓練したスコアリング関数を、極性の高いポケットに適用すると、失敗しやすい」
「スコアリング関数にも得意不得意があるんですね」
「そう。だから、複数のスコアリング関数を使う。コンセンサススコアリングだ」
アキラが説明した。「5つのスコアリング関数で評価して、多数決で判定する」
「でも」エイジが言った。「それでも外れることはある」
「何が問題なんですか?」
リナが真剣な顔をした。「根本的には、エントロピー項の扱いだ」
「エントロピー?」
「結合時に失われる自由度。リガンドもタンパク質も、動けなくなる。それはエントロピー的に不利だ」
「でも、どう計算するんですか?」
「正確には計算できない。だから、経験的なペナルティを加える」
アキラが補足した。「回転可能結合の数に比例したペナルティとか。でも、粗い近似だ」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
エイジが答えた。「自由エネルギー摂動法、FEPとか。量子力学的計算とか。高精度だけど、計算コストが膨大だ」
「実用的じゃない?」
「スクリーニングには使えない。でも、最終候補の絞り込みには有効だ」
リナが別の視点を提示した。「スコアリング関数は、完璧じゃなくていい」
「え?」
「相対的な順位付けができればいい。化合物AとB、どちらが良いか判定できれば十分」
「なるほど」
アキラが続けた。「だから、スコアの絶対値じゃなく、ランキングを見る」
「でも、ランキングも外れますよね」
「そう。だから、最終的には実験で確認する」
エイジが言った。「スコアリング関数は、仮説生成ツールだ。真実を教えてくれるわけじゃない」
リナが微笑んだ。「笑うときと泣くとき」
「笑うとき?」
「スコアが良くて、実測も良いとき。スコアリング関数が正しかったとき」
「泣くとき?」
「スコアが良いのに、実測が悪いとき。裏切られたとき」
アキラが笑った。「でも、泣くときの方が多い」
「だから、スコアを盲信しない。参考にするだけ」
瀬奈が入室した。「何の話ですか?」
「スコアリング関数の限界について」リナが答えた。
「また難しそうな…」
「でも重要だ」エイジが言った。「道具の限界を知らないと、誤った結論を出してしまう」
リナが締めくくった。「スコアリング関数は不完全だ。でも、使いこなせば強力なツールになる」
「使いこなす、か」瀬奈がつぶやいた。
スコアリング関数が笑う日を夢見て、研究は続く。