「タンパク質をゼロからデザインする」
ミハイルが画面上の三次元構造を回転させた。
「ゼロから?」エイジが驚いた。「自然界に存在しないタンパク質を?」
「そう。de novoタンパク質設計だ」
リナが興味深そうに見つめた。「どうやって?」
「まず、目的の機能を決める。例えば、特定の分子を結合するとか、触媒活性を持つとか」
「うん」
「次に、その機能を実現する構造を設計する」
「構造から?」
「逆だ。機能→構造→配列。この順番で考える」
エイジが首を傾げた。「普通は配列→構造→機能じゃない?」
「従来の生物学はそうだ。でも、設計は逆向きだ」
リナが納得した。「エンジニアリング的アプローチね」
「正確。何を作りたいか決めて、それを実現する設計図を描く」
ミハイルが具体例を見せた。小さなタンパク質、50アミノ酸ほど。
「これは、特定のペプチド配列を認識するように設計した」
「どうやって?」
「まず、結合界面の構造を決める。水素結合のパターン、疎水性接触の配置」
「ファルマコフォアみたいですね」瀬奈が入室して言った。
「そう。タンパク質設計も、リガンド設計と似ている」
「でも、タンパク質は大きいですよね」
「だから、計算が大変だ。配列空間が膨大すぎる」
リナが質問した。「20種類のアミノ酸、50残基なら、20の50乗通り?」
「そう。天文学的な数だ。全部試すのは不可能」
「じゃあ、どうするんですか?」
ミハイルが説明した。「機械学習、特にディープラーニングを使う」
「どんなモデル?」
「変分オートエンコーダーや拡散モデル。既知のタンパク質構造から学習して、新しい構造を生成する」
エイジが補足した。「AlphaFoldの逆バージョンみたいなものか」
「近い。AlphaFoldは配列から構造を予測する。タンパク質設計は構造から配列を予測する」
「でも、予測した配列が本当にその構造を取るか、どう確認するの?」
「そこでAlphaFoldを使う。設計した配列をAlphaFoldに入力して、構造を予測する」
リナが目を輝かせた。「設計と検証のループだ」
「そう。設計→予測→評価→再設計。これを繰り返す」
瀬奈が質問した。「実際に作ってみて、確認するんですか?」
「最終的にはそうだ。大腸菌で発現させて、構造をX線やクライオEMで確認する」
「うまくいくんですか?」
ミハイルが微笑んだ。「最近は成功率が上がっている。特にRosettaFoldやProteinMPNNといったツールが強力だ」
エイジが別の視点を提示した。「既存のタンパク質を改変する方法もあるよね」
「そう。完全なde novoじゃなく、テンプレートベースの設計」
「どう違うの?」
「既知のタンパク質を出発点にして、特定の部分だけ改変する。安全性が高い」
リナが例を挙げた。「抗体の親和性成熟とか」
「正確。CDR領域だけ最適化する。フレームワークは保つ」
瀬奈が興味を示した。「抗体もデザインできるんですか」
「できる。最近は、抗原の構造から、それを認識する抗体を計算的にデザインする研究が進んでいる」
「すごい」
ミハイルが真剣な顔をした。「でも、課題もある」
「何が?」
「機能だ。構造が正しくても、期待した機能を持つとは限らない」
「なんで?」
「ダイナミクスが重要だからだ。タンパク質は静的じゃない。揺らいでいる」
リナが補足した。「結晶構造は一つのスナップショットに過ぎない」
「そう。だから、分子動力学シミュレーションも必要だ」
エイジが言った。「計算コストがどんどん上がるな」
「そう。でも、計算機の進歩とアルゴリズムの改善で、実用的になってきた」
瀬奈が感慨深げに言った。「タンパク質が設計される側になるなんて」
「生命の部品を自分で作る時代だ」ミハイルが言った。
「でも」リナが警告した。「倫理的な問題も忘れてはいけない」
「そうだね。強力な技術ほど、慎重に使わないと」
ミハイルが頷いた。「だから、目的を明確にして、安全性を最優先する」
タンパク質が設計される瞬間。それは、生命科学の新しい章の始まりだ。