「ミラさん、大丈夫ですか?」
日和が心配そうに近づいた。ミラは図書館の隅で、顔を隠していた。
肩が小刻みに震えている。泣いているのだ。
空が静かに声をかけた。「何があったんですか?」
ミラが答えない。いつものように、ノートに書こうともしない。
海斗が通りかかった。「どうした?」
「わかりません」日和が答えた。「でも、何か...」
その時、ミラが声を出した。小さく、震える声で。
「もう、無理」
三人が静かに待つ。
「ずっと、我慢してた」ミラが続けた。「全部、押し込めてた」
日和が優しく座った。「何を?」
「悲しみ、怒り、不安...全部」
空がノートを取り出したが、今は違うと思った。話を聞くだけの時だ。
「いつもは、感情を出さないようにしてた」ミラの声が大きくなる。「でも、今日は...」
涙が溢れた。長く抑えてきた感情が、堰を切ったように流れ出す。
海斗が戸惑った。「えっと、どうすれば...」
日和が静かに手を挙げた。「何もしなくていい。ただ、ここにいて」
ミラが泣き続ける。長い、長い時間。
空が静かに観察する。これは、心理学で言うカタルシスだ。抑圧された感情の解放。
しばらくして、ミラの涙が落ち着いた。
「すみません」ミラが小さく言った。
「謝る必要はありません」日和が優しく言った。
海斗が聞いた。「なぜ、今まで我慢してたんですか?」
ミラが静かに答えた。「感情を出したら、止まらなくなると思った」
「コントロールを失うのが怖かった」
空が理解した。「でも、出してみてどうですか?」
ミラが少し考えた。「止まりました。自然に」
「そう」日和が微笑んだ。「感情には、自然な流れがあります」
「抑え続けると、圧力が高まる。でも解放すれば、自然に落ち着く」
海斗が補足した。「俺も、泣いた後は楽になる」
空がノートを開いた。「感情の蓋を開けることは、勇気がいります」
「でも、開けた後は、息ができるようになる」
ミラが静かに言った。「怖かった。崩れると思った」
「崩れませんでした」日和が指摘した。「感情を出しても、あなたはここにいます」
空が補足した。「感情は、敵ではありません」
「押し込めるべきものでもない。ただ、感じて、流すもの」
ミラが深呼吸した。「楽になった。少しだけ」
海斗が励ました。「それが大事なんだよ」
日和が提案した。「これからは、少しずつ感情を出す練習をしませんか?」
「蓋を完全に閉めるのではなく、少し開けておく」
ミラが頷いた。「試してみます」
空が最後に言った。「感情の蓋を開けるのは、一度きりではありません」
「何度も、少しずつ開けていく」
日和が付け加えた。「そして、開けることが怖くなくなっていきます」
海斗が笑った。「俺なんて、蓋がないかもしれない」
三人が笑った。緊張が和らぐ。
ミラが小さく微笑んだ。「ありがとう。今日、蓋を開けられた」
「それは、あなた自身の勇気です」日和が言った。
空が補足した。「私たちは、ただ見守っていただけです」
ミラが立ち上がった。目は少し赤いけれど、表情は軽い。
「これから、もっと感情を感じてもいいですか?」
「もちろん」三人が同時に答えた。
窓の外で、雨上がりの空が広がる。蓋を開けた後の世界は、少し明るく見える。
感情を感じることは、生きていることの証だ。それを恐れる必要はない。