「最近、人の話を聞くのが辛い」
日和が静かに言った。珍しく、弱さを見せている。
空が心配した。「日和さん、いつも誰かの相談に乗ってますもんね」
「それが私の役割だと思ってた。でも、最近は重くて」
ミラがノートに書いた。「共感疲労」
日和が驚いた。「ミラさん、知ってるの?」
ミラが頷き、書き続けた。「他人の痛みを感じ続けることで、疲弊する」
空が理解した。「やさしさが、負担になってる?」
「そう感じます」日和が認めた。「友達の悩みを聞いて、自分のことのように苦しくなる」
ミラが書いた。「境界線が曖昧」
「境界線?」空が聞く。
日和が説明した。「自分と他者の感情の境界。それが不明瞭だと、他人の問題を自分の問題として抱え込んでしまう」
空がノートに書いた。「共感と同一化の違い?」
「正確」日和が頷いた。「共感は、相手の気持ちを理解すること。同一化は、相手の気持ちを自分のものとして感じること」
ミラが補足した。「共感は健康的。同一化は疲弊する」
空が尋ねた。「でも、深く共感しないと、冷たくないですか?」
日和が考えた。「それが私のジレンマです。やさしくありたい。でも、やさしさが私を壊している気がする」
ミラがゆっくり書いた。「コンパッション・フェイティーグ」
「思いやり疲労」日和が訳した。「看護師やカウンセラーに多い症状」
空が気づいた。「日和さん、まるでカウンセラーみたいに誰かの話を聞いてますもんね」
「でも、私は専門家じゃない」日和が言った。「どこまで助けるべきか、分からない」
ミラが書いた。「救世主コンプレックス」
日和が少しドキッとした。「それ、私のこと?」
「誰かを助けることで、自分の価値を確認する」ミラが書き続けた。「でも、限界がある」
空が優しく聞いた。「日和さん、なぜそんなに誰かを助けようとするんですか?」
日和が正直に答えた。「必要とされたい。役に立ちたい。そして…」
「そして?」
「自分の問題から目を逸らせるから」
ミラと空が驚いた。日和がそんなことを言うなんて。
日和が続けた。「他人の問題に集中していれば、自分の寂しさや不安を感じなくて済む」
ミラが書いた。「それも防衛機制」
「そうです」日和が認めた。「でも、それで疲れ果てている」
空が聞いた。「じゃあ、どうすればいいんですか?」
日和が考えた。「境界線を引くこと。でも、それが難しい」
ミラが書いた。「断ることの恐怖」
「そう」日和が頷いた。「断ったら、嫌われる。必要とされなくなる。そう思ってしまう」
空が提案した。「でも、自分を守ることも大切ですよね」
「頭では分かっている」日和が言った。「でも、実践できない」
ミラがノートを見せた。そこには、具体的な境界線の設定方法が書いてあった。
「ミラさん、これ…」日和が驚いた。
ミラが書いた。「私も練習してる。人を拒絶するんじゃない。自分を守る」
空が読んだ。「聞ける時間を決める。自分の限界を伝える。完璧に助けようとしない」
日和が考えた。「完璧に助けようとしない…それが許されるの?」
「許される」ミラが書いた。「あなたも人間。限界がある」
空が補足した。「やさしさは、自己犠牲じゃないはず」
日和が涙ぐんだ。「でも、断ったら…」
「本当の友達なら、理解してくれます」空が言った。「日和さんの限界を尊重してくれる」
ミラが書いた。「そして、理解しない人からは、距離を取っていい」
日和が深呼吸した。「少しずつ、練習してみます」
空が微笑んだ。「私たちも、日和さんを助けすぎないようにしますね」
日和が驚いた。「え?」
「日和さんにも、自分で解決する機会が必要」空が言った。「助けすぎるのも、やさしさじゃないかもしれない」
ミラが頷いた。そして書いた。「健全な境界線は、お互いのため」
日和が微笑んだ。「ありがとう。二人とも」
三人は静かに座った。やさしさが負担に変わる時、それは境界線を引き直すサインかもしれない。