「また不安で眠れなかった」
海斗が机に突っ伏した。朝の教室は静かだった。
レオが教科書から顔を上げた。「何が不安なの?」
「わからない。それが問題なんだ」海斗が言った。「漠然とした不安」
空が興味を示した。「具体的じゃない不安?」
「そう。何が心配なのか、自分でも説明できない」
レオが分析的に言った。「不確実性への反応だね」
「不確実性?」海斗が顔を上げた。
「未来は予測不可能。その不確実性が、不安を生む」レオが説明した。
空がノートに書いた。「不安の正体は、不確実性への恐れ」
「正確には、不確実性をコントロールできないと感じること」レオが補足した。
海斗が苦笑した。「確かに、コントロールできない感じがする」
「それが不安の核心」空が言った。「でも、不安が消える時ってありますよね?」
海斗が考えた。「テストが終わった瞬間とか」
「なぜ消えると思う?」レオが質問した。
「不確実性がなくなるから」海斗が答えた。「結果が出たら、良くても悪くても、少なくとも確定する」
空が興奮した。「つまり、不安は結果の良し悪しじゃなくて、不確実性そのものへの反応なんですね」
「その通り」レオが頷いた。「だから、悪い知らせでも、知らないよりはマシに感じることがある」
海斗が真剣になった。「じゃあ、不確実性をなくせば不安は消える?」
「理論的にはね」レオが言った。「でも、人生から不確実性を完全に排除することは不可能」
「じゃあどうすればいいんだ」
空が提案した。「不確実性を受け入れる?」
レオが微笑んだ。「良いアプローチ。認知的再評価と呼ばれる」
「認知的再評価?」海斗が聞いた。
「不確実性を脅威ではなく、可能性として捉え直すこと」レオが説明した。
空が例を出した。「『悪いことが起きるかもしれない』じゃなくて、『いろいろな可能性がある』って考える」
「でも実際、悪いことが起きるかもしれないじゃないか」海斗が反論した。
「起きないかもしれない」レオが冷静に言った。「統計的に、最悪のシナリオが実現する確率は低い」
空が補足した。「不安な時って、最悪のケースばかり考えてしまいますよね」
「ネガティビティ・バイアス」レオが言った。「人間の脳は、ネガティブな情報に過剰反応する傾向がある」
海斗が驚いた。「それって、進化的な理由があるんですか?」
「ある。危険を見逃すより、過剰に警戒する方が生存に有利だった」
「なるほど」海斗が理解した。「でも現代では、その反応が過剰になってる」
空がまとめた。「不安は、本来は保護のためのシグナル」
「そう。でも、誤作動も多い」レオが認めた。
海斗が深呼吸した。「じゃあ、不安を完全に消すことは目標じゃない?」
「むしろ、適切に管理すること」空が言った。
レオが頷いた。「不安との共存。完全に消すのではなく、過剰な不安を減らす」
海斗が質問した。「具体的には?」
「まず、不安を言語化する」レオが提案した。「『なぜ不安なのか』を具体的に書き出す」
「曖昧な不安が、具体的になると扱いやすくなる?」
「正確。そして、それぞれの不安に対処法を考える」
空が実践的な提案をした。「対処できることと、できないことを分ける」
「良いステップだ」レオが認めた。「対処できることは行動で解決し、できないことは受け入れる」
海斗がノートに書き始めた。「不安の正体を知れば、怖くなくなるかも」
「知識は力になる」空が言った。
レオが窓の外を見た。「不安が完全に消えることはないかもしれない。でも、コントロール感を取り戻すことはできる」
海斗が少し安心した表情になった。「今日から試してみる」
チャイムが鳴った。三人は教室を出た。
不安は消えたわけではない。でも、海斗の中で何かが変わった。不確実性は恐怖ではなく、人生の一部として受け入れられる気がした。