「赦すって、何?」
サイモンの質問に、晴が答えた。「怒りを手放すこと?」
「それだけ?」乃愛が問い返す。
「違う?」
「赦しは、もっと複雑だ」サイモンが言った。
乃愛が整理した。「赦しには、段階がある」
「段階?」
「感情的赦し、認知的赦し、行動的赦し」
晴が聞いた。「どう違うの?」
「感情的赦しは、怒りを消すこと。認知的赦しは、相手を理解すること。行動的赦しは、関係を修復すること」
サイモンが付け加えた。「そして、全てが揃う必要はない」
「え?」
「怒りは消えても、理解できないことはある。理解しても、関係は戻らないことがある」
晴が考え込んだ。「じゃあ、完全な赦しって存在しない?」
「存在するかもしれないが」乃愛が言った。「必ずしも必要じゃない」
サイモンが別の問いを投げた。「赦しは、誰のため?」
「加害者のため?」晴が答えた。
「一般的にはそう思われる。でも」
「でも?」
「赦しは、被害者のためかもしれない」
乃愛が説明した。「怒りや復讐心は、被害者を縛る」
「縛る?」
「過去に囚われる。加害者に支配され続ける」
晴が理解した。「赦しは、自分を解放する?」
「そういう見方もある」サイモンが認めた。「でも、単純じゃない」
「なぜ?」
「赦すことが、新たな苦しみを生むこともある」
乃愛が例を挙げた。「周囲から『早く赦すべき』と圧力をかけられる」
「それは暴力だ」サイモンが断言した。
晴が驚いた。「赦しの強要が暴力?」
「赦しは、自由な選択であるべきだ。強要されると、二重の被害になる」
乃愛が静かに言った。「赦さない権利もある」
「赦さない権利?」
「怒り続ける権利。正義を求め続ける権利」
サイモンが補足した。「赦しは美徳とされる。でも、義務じゃない」
晴が聞いた。「じゃあ、赦さなくてもいい?」
「もちろん」乃愛が答えた。「赦しは贈り物だ。要求されるものじゃない」
「贈り物?」
「与える側が決める。受け取る側は、それを当然と思ってはいけない」
サイモンが別の視点を示した。「でも、赦さないことにもコストがある」
「コスト?」
「憎しみを持ち続けることの心理的負担」
晴が考え込んだ。「じゃあ、赦すべき?」
「べきではない」乃愛が否定した。「選択肢を比較して、自分で決める」
サイモンが聞いた。「もし赦すとしたら、何が必要?」
晴が答えた。「謝罪?」
「必要だが、十分じゃない」
「じゃあ、何?」
乃愛が答えた。「時間、理解、安全」
「安全?」
「加害者が再び危害を加えない保証」
サイモンが付け加えた。「安全なしに赦すのは、自己犠牲だ」
晴が理解した。「赦しは、安全が確保されてから」
「理想的には」乃愛が言った。「でも、安全が確保されない場合もある」
「じゃあ、どうする?」
「赦さなくてもいい」
サイモンが別の問題を提起した。「赦しと忘却は違う」
「どう違う?」
「赦しは、覚えている上で手放す。忘却は、なかったことにする」
晴が考えた。「忘れる方が楽?」
「楽かもしれないが」乃愛が言った。「学びを失う」
「学び?」
「なぜそれが起きたか。どう防ぐか」
サイモンが頷いた。「赦しは、記憶と共存する」
晴が聞いた。「じゃあ、赦しとは何?」
乃愛が静かに答えた。「復讐を手放すこと」
「復讐?」
「相手に害を加えたいという欲求」
サイモンが補足した。「赦しは、その欲求を降ろす選択だ」
「でも、怒りは消えない?」
「消えないこともある。でも、行動には移さない」
晴が理解した。「感じることと、行動することは別」
「まさに」乃愛が言った。
サイモンが別の質問をした。「赦しは、弱さか強さか?」
晴が答えた。「強さ?怒りを手放すのは難しいから」
「一理ある」乃愛が認めた。「でも、弱さとも言える」
「なぜ?」
「対立を避けることの現れかもしれない」
サイモンが整理した。「赦しの動機が大事だ」
「動機?」
「自由のためか、平和のためか、逃避のためか」
晴が考え込んだ。「同じ赦しでも、理由で意味が変わる」
「そう」乃愛が言った。「赦しは、行為より過程だ」
サイモンが付け加えた。「なぜ赦すのか。それが問われる」
晴が聞いた。「じゃあ、正しい赦しはある?」
「正しさは分からない」乃愛が答えた。「でも、真正な赦しはある」
「真正?」
「自分に正直な赦し。外圧や期待ではなく、自分の選択」
サイモンが静かに言った。「赦すとは、自由を取り戻す行為だ」
晴が頷いた。「束縛から、解放される」
「でも」乃愛が付け加えた。「赦さない自由もある」
「両方とも、自由?」
「そう。大事なのは、選択権を持つこと」
三人は沈黙した。赦しは複雑だ。簡単な答えはない。でも、それを考えることが、すでに一歩だった。