「あの星、本当に存在してるのかな」
晴が夜空を指差した。
「見えてるから存在する」蓮が答えた。
「でも、何百光年も前の光かもしれない。今はもう消えてるかも」
サイモンが横から加わった。「じゃあ、過去の星は存在しない?」
晴が考えた。「難しいね。何をもって『存在する』と言うの?」
蓮が整理した。「存在には、少なくとも二つの意味がある。物理的存在と概念的存在」
「概念的存在?」
「数字は物理的に存在しないけど、概念として存在する」
サイモンが例を出した。「正義、愛、友情。全て概念的存在だ」
「じゃあ、概念は実在しない?」晴が聞いた。
「実在の定義による」蓮が慎重に答えた。「物理的空間を占めるものだけが実在なら、概念は実在しない」
「でも、概念は影響を与える」サイモンが言った。「愛のために人は死ぬ。強力な存在だ」
「因果的な力を持つものが実在?」晴が提案した。
蓮が頷いた。「一つの定義だ。でも、じゃあ夢は?夢も行動に影響を与える」
「夢は存在する?」
「主観的には存在する。客観的には、脳の活動として存在する」
サイモンが別の角度から切り込んだ。「デカルトは『我思う、故に我あり』と言った」
「思考が存在の証明?」晴が興味を示した。
「疑うこと自体が、疑う者の存在を示す。これだけは確実だと」
蓮が補足した。「でも、それは自己の存在だけ。他者や外界の存在は、まだ証明されてない」
「じゃあ、私以外は存在しないかも?」晴が驚いた。
「独我論だ」サイモンが名前を出した。「自分以外の心は、証明不可能」
「でも、信じるしかない」蓮が言った。「実用的には」
晴が聞いた。「じゃあ、存在を信じることと、存在することは違う?」
「哲学的には、大きな違いだ」蓮が認めた。
サイモンが付け加えた。「カントは、存在は述語じゃないと言った」
「述語じゃない?」
「『神は全能である』は神の性質。でも『神は存在する』は性質じゃない。存在は、別の次元だ」
晴が混乱した。「じゃあ、何?」
蓮が説明した。「存在は、概念が実例化されること。『ユニコーン』という概念はあるけど、実例がない」
「実例がないと、存在しない?」
「物理的には、ね。でも概念としては存在する」
サイモンが窓の外を見た。「量子力学では、観測されるまで存在が確定しない」
「観測が存在を作る?」晴が驚いた。
「ある解釈では、そうだ。でも議論がある」
蓮が整理した。「存在には、様々な層がある。物質的、概念的、可能的」
「可能的?」
「まだ実現してないけど、可能性として存在する。例えば、明日の自分」
晴が深く考えた。「じゃあ、全ては存在してるとも言えるし、してないとも言える」
「文脈による」サイモンが言った。「何について語ってるかで、答えが変わる」
蓮が静かに言った。「存在の問いは、言葉の問いでもある。『存在する』をどう定義するかで、答えが決まる」
「じゃあ、答えはない?」晴が少し残念そうに言った。
「一つの答えはない」蓮が認めた。「でも、問うことで理解が深まる」
サイモンが微笑んだ。「存在論は、終わりのない対話だ」
晴が夜空をもう一度見上げた。「あの星は、私の心の中では確実に存在してる」
「それも一つの真実だ」蓮が言った。
三人は静かに星を見つめた。存在は多義的で、完全には捉えられない。それでも、問い続けることに意味があった。