「君は何を信じてる?」
サイモンの質問に、蓮が戸惑った。
「信じる?何を?」
「何でもいい。確信してることは?」
蓮が考えた。「数学の定理、とか?」
「それは知識だ。信念とは違う」
「違う?」
「知識は正当化された真なる信念。でも、信念は正当化がなくても成立する」
蓮が聞いた。「じゃあ、信念って何?」
「主観的確信。証拠がなくても、信じること」
「根拠なしに?」
「根拠があることもある。でも、根拠を超える」
蓮が考え込んだ。「なぜ根拠を超える必要が?」
「根拠だけでは、行動できないから」
「行動?」
サイモンが説明した。「『明日も太陽が昇る』と信じてるか?」
「もちろん」
「その確信に、論理的根拠はない」
「ヒュームの問題?」
「そう。帰納の問題。過去がそうだったから、未来もそうだとは限らない」
蓮が反論した。「でも、物理法則が」
「物理法則も、帰納的に得られた」
「じゃあ、何も確実じゃない?」
「論理的には。でも、実践的には信じる」
蓮が頷いた。「信念は、実践的必要性?」
「一つの側面だ。プラグマティズムの考え方」
「他には?」
「アイデンティティ。信念は、自己を定義する」
蓮が聞いた。「自己定義?」
「何を信じるかが、何者であるかを示す」
「信念が人格?」
「大きな部分を占める。宗教、政治、価値観」
蓮が考えた。「でも、信念は変わる」
「変わる。でも、変えるのは難しい」
「なぜ?」
「信念には感情が結びついてる。理性だけじゃない」
蓮が頷いた。「確証バイアス」
「そう。信念を支持する情報だけを集める」
「客観性を失う」
「人間の宿命だ。完全な客観性は不可能」
蓮が窓を見た。「じゃあ、どうすれば?」
「懐疑。自分の信念を疑い続ける」
「デカルトの方法的懐疑」
「そう。でも、完全に疑うこともできない」
「なぜ?」
「疑うことも、信念を前提にする」
蓮が笑った。「再帰的な問題」
「哲学の常だ」
サイモンが別の角度を示した。「信念には段階がある」
「段階?」
「弱い信念と強い信念。確信度が違う」
「確信度は、どう決まる?」
「証拠の量、感情的投資、社会的支持」
蓮が考えた。「多くの人が信じると、信念が強まる?」
「社会的証明。でも、多数派が正しいとは限らない」
「ガリレオの例」
「そう。科学史は、少数派が正しかった例で満ちてる」
蓮が聞いた。「じゃあ、何を信じればいい?」
「簡単な答えはない。でも、いくつか指針はある」
「例えば?」
「反証可能性。間違いを認められる信念を持つ」
「ポパーの科学哲学」
「そう。訂正可能であること」
蓮が頷いた。「柔軟な信念」
「硬直した信念は、ドグマになる」
「でも、柔軟すぎると?」
「信念が薄まる。バランスが必要だ」
蓮が立ち上がった。「信念は、賭け?」
「パスカルの賭けに近い。不確実性の中での選択だ」
「リスクを取る」
「信じることは、リスクだ。裏切られる可能性がある」
蓮が考えた。「でも、信じないリスクもある」
「何も信じなければ、何もできない」
「行動の基盤」
サイモンが微笑んだ。「信念は、地図のようなもの」
「地図?」
「完璧じゃない。でも、なければ迷う」
蓮が頷いた。「不完全でも、必要」
「そう。大事なのは、地図を更新し続けること」
「学習」
「信念の学習。それが、成長だ」
二人は図書館を出た。信念を持って、でも疑いも持って。
蓮がつぶやいた。「信じることは、勇気」
「勇気と謙虚さの両立」サイモンが答えた。
何を信じるか。それが、人生を決める。でも、答えは一つじゃない。