「成功したい」
晴が溜息をついた。テスト結果を見ながら。
「何が成功?」サイモンが聞く。
「いい点を取ること。いい大学に入ること。いい仕事に就くこと」
「それは社会の基準だ」蓮が指摘した。
「違う基準があるの?」
「たくさん」サイモンが答えた。「文化によって、時代によって、個人によって」
晴が不思議そうに見た。「じゃあ、成功に絶対的な定義はない?」
「ないかもしれない」蓮が言った。「成功は相対的概念だ」
「相対的?」
「何かと比較して初めて成立する。過去の自分、他者、理想...」
サイモンが例を挙げた。「ドイツでは、職人技術を極めることも成功だ。日本では?」
「学歴や大企業に入ることかな」晴が答えた。
「アメリカでは、起業して財を成すこと」蓮が続けた。
「バラバラだ」
「そう。成功の基準は、社会が構築する」
晴が考え込んだ。「じゃあ、私が『成功したい』って思うのは、社会に洗脳されてる?」
「洗脳は強い言葉だ」サイモンが微笑んだ。「でも、影響は受けてる」
「どう違うの?」
「洗脳は強制的。影響は環境的」
蓮が補足した。「君は社会の価値観を内面化してる。でも、それを疑問視することもできる」
「疑問視したら?」
「自分の基準を作れる」
晴が戸惑った。「どうやって?何が『自分の』基準かわからない」
乃愛が通りかかり、会話に加わった。「難しい問いだね」
「完全に社会から独立した基準は、おそらくない」サイモンが言った。「でも、取捨選択はできる」
「取捨選択?」
「社会の価値観の中から、自分に合うものを選ぶ」
蓮が哲学的に問うた。「でも、その『合う』という判断基準は、どこから来る?」
「また社会?」晴が聞く。
「部分的には」乃愛が答えた。「でも、個人の経験や感性も影響する」
「混ざってるんだ」
「完全に分離できない」
サイモンが視点を変えた。「成功の基準より、『なぜ成功したいか』を問うべきかも」
「なぜ?」晴が繰り返した。
「幸福のため?承認のため?安心のため?」
「...全部かも」
「それぞれ違う成功を求める」蓮が言った。
「どういうこと?」
「幸福のための成功は、主観的満足。承認のための成功は、他者の評価。安心のための成功は、安定」
晴が混乱した。「どれを選べばいい?」
「選ばなくていい」乃愛が言った。「バランスを取る」
「バランス?」
「他者の評価を完全に無視はできない。でも、それだけに支配されるのも危険」
サイモンが頷いた。「実存主義者サルトルは言った。『人間は自由の刑に処されている』と」
「自由の刑?」
「自分で意味を作らなければならない。それは重荷だけど、可能性でもある」
蓮が続けた。「成功の基準も、自分で選び取る。それが自由であり、責任だ」
晴が深呼吸した。「重いな」
「重い」乃愛が認めた。「でも、軽くする方法はある」
「どうやって?」
「完璧な基準を求めない。試行錯誤を許す」
サイモンが励ました。「今日の成功が、明日は違うかもしれない。それでいい」
「変わってもいい?」
「むしろ、変わるべき」蓮が言った。「固定した基準は、成長を妨げる」
晴が少し笑った。「じゃあ、今日のテストは失敗じゃないかも」
「なぜ?」
「点数は低い。でも、この対話ができた。それは別の成功」
乃愛が微笑んだ。「そういう柔軟さが、成熟だね」
「成熟も成功の一つ?」
「一つ」サイモンが言った。「無限にある成功の一つ」
窓の外、夕日が沈む。成功の定義も、光のように移ろう。それでいい。