「俺って、予測不可能だろ?」
陸が誇らしげに言った。
「確かに」由紀が苦笑した。「何するか分からない」
「それ、褒めてる?」
葵が口を挟んだ。「情報理論的には、高エントロピー状態だね」
「エントロピー?」由紀が聞いた。
「不確実性の尺度。予測できないほど、エントロピーは高い」
陸が興味を示した。「じゃあ、俺は高エントロピー人間?」
「そうとも言える。次の行動が予測しづらい」
「それって良いこと?悪いこと?」
葵が考えた。「状況による。予測可能性が求められる場面では困る。でも、創造性が必要な場面では強みになる」
由紀が理解した。「ルーティンワークには向かないけど、アイデア出しには良い?」
「正確だ。低エントロピーは安定性、高エントロピーは多様性をもたらす」
陸が笑った。「じゃあ、俺は多様性担当だな」
「でも」葵が続けた。「完全にランダムなのも、情報量がない」
「え?予測できないのに?」
「例えば、ホワイトノイズ。完全にランダムで予測不可能。でも、そこから意味ある情報は取れない」
由紀が考え込んだ。「つまり、ただ無秩序なだけじゃダメ?」
「そう。適度な構造を持った予測不可能性が、面白い情報を生む」
陸が真剣に聞いた。「構造を持った予測不可能性?」
「例えば、音楽。完全に同じメロディの繰り返しは退屈。でも、完全にランダムな音も音楽じゃない」
「ああ、適度な変化とパターンのバランス」
「その通り。最適なエントロピーレベルがある」
由紀がノートに書いた。「低すぎると退屈、高すぎると混沌」
「美しくまとめたね」葵が微笑んだ。
陸がふと言った。「じゃあ、人間関係も同じ?」
「面白い視点だ。説明してみて」
「毎日全く同じ会話だと退屈。でも、全く予測できない相手も疲れる」
「そうだね。適度な予測可能性と、適度な驚きのバランスが心地よい」
由紀が共感した。「安心感と新鮮さの両立」
「まさに。情報理論でいう冗長性と新規性のトレードオフだ」
陸が考えた。「俺、バランス悪い?」
葵が笑った。「少し高エントロピー寄りかな。でも、それが君の魅力でもある」
「予測できないから、一緒にいて飽きないってこと?」
「そう言える。ただし、重要な場面では少し予測可能性を上げてほしいけど」
由紀が割り込んだ。「テスト期間とか」
「それな」陸が頭をかいた。
葵が整理した。「エントロピーは、情報の潜在的価値を示す。高エントロピーなら、観測で得られる情報も多い」
「じゃあ、俺を観察すると、情報がたくさん得られる?」
「理論的にはそうだ。行動パターンが読めないから、各行動が新しい情報を持つ」
由紀が笑った。「陸を研究対象にしたら、面白いデータが取れそう」
「やめろよ」陸が照れた。
「でも」葵が真面目に言った。「予測できないことの価値を理解するのは大切だ」
「なぜですか?」
「完全に予測可能な世界は、情報がない。驚きがない。成長もない」
由紀が頷いた。「不確実性があるから、学ぶことがある」
「そう。エントロピーは、学習の原動力だ」
陸が窓の外を見た。「予測できないから面白い。それ、俺のモットーにする」
「良いモットーだ。ただし、適度にね」
三人は笑った。世界は適度なエントロピーを持つから、生きる価値がある。