「未来って、無限の可能性があるんですよね?」
由紀が教授に聞いた。
S教授は首を振った。「制約がある」
「制約?」
葵が補足した。「通信路容量のような制約だ」
由紀が興味を示す。「通信路容量って何ですか?」
「通信路で確実に送れる情報の最大量。シャノンが定義した」
S教授が式を書いた。
「C = max I(X;Y)」
「全ての入力分布に対する、相互情報量の最大値だ」
由紀が考えた。「最大値があるんですね」
「そう。どんなに工夫しても、超えられない限界がある」
葵が図を描いた。
「無ノイズの通信路:容量は無限大 有限のノイズ:容量は有限 過大なノイズ:容量はゼロに近づく」
「ノイズが容量を制限するんですね」由紀が理解した。
「まさに。現実の通信路は、常にノイズを持つ」
S教授が静かに言った。「人生も同じだ」
「人生?」由紀が驚く。
「時間、能力、資源。全てが有限だ。通信路容量のような制約がある」
葵が頷いた。「無限の可能性は、理想的な概念。現実には限界がある」
由紀が少し悲しそうに聞く。「じゃあ、夢を諦めるべき?」
「違う」S教授が即座に答えた。「制約の中で最適化する」
「最適化?」
「限られた容量を、最も効率的に使う。それがシャノンの教えだ」
葵が説明した。「通信路容量を知ることで、達成可能な目標が分かる」
「現実的な計画が立てられるんですね」
「そう。無謀な挑戦と、合理的な挑戦の違いだ」
S教授が別の式を書いた。
「C = B log₂(1 + SNR)」
「帯域幅Bと信号対雑音比SNR。これらが容量を決める」
由紀がノートに書く。「帯域幅って、人生では何ですか?」
「時間かもしれない。一日は24時間。これは変えられない」
「信号対雑音比は?」葵が聞く。
「集中力、環境、サポート。これらは改善できる」
S教授が微笑んだ。「帯域幅は固定でも、SNRを改善すれば、容量は増える」
由紀が希望を感じた。「じゃあ、工夫次第で可能性は広がる?」
「その通り。制約の中にも、最適化の余地がある」
葵が窓の外を見た。「未来は未確定だけど、無制限じゃない」
「だから、賢く選択する必要がある」S教授が言った。
由紀が質問した。「どうやって自分の容量を知るんですか?」
「実験と観察。自分の限界を理解する」
「そして、限界の中で最大限を目指す」葵が付け加えた。
S教授が立ち上がった。「通信路容量は、絶望ではなく、指針だ」
「何ができて、何ができないか。それを知ることが重要だ」
由紀がノートを閉じた。「未来の可能性、無限じゃないけど、十分広いかもしれない」
「賢明な結論だ」S教授が認めた。
葵が付け加えた。「制約を理解することで、より良い選択ができる」
由紀が微笑んだ。「通信路容量、人生にも応用できるんですね」
「情報理論は、現実を理解する道具だ」S教授が答えた。
三人は静かに教室を出た。未確定な未来には制約がある。でも、その制約を知ることで、より良い道を選べる。
それが、通信路容量の教えだった。