「なんで、アミノ酸は20種類なの?」
奏が表を見つめた。
トーマが答えた。「偶然じゃないはず。進化の結果だ」
零が補足した。「もっと多くてもいいし、少なくてもいい。でも20が選ばれた」
「共通点は?」
「アミノ基とカルボキシル基を持つ」零が図を描いた。「これが基本構造」
「じゃあ、違いは?」
「側鎖。Rグループと呼ばれる」
トーマがリストを指差した。「グリシンは水素一つだけ。最小だ」
「シンプル」奏が言った。
「でも、トリプトファンは複雑な環構造を持つ」
零が続けた。「この多様性が、タンパク質の機能を生む」
奏が質問した。「どんな多様性?」
「まず、疎水性と親水性」零が説明した。
「油と水?」
「そう。ロイシン、イソロイシン、バリン…疎水性側鎖。水を避ける」
トーマが補足した。「これらはタンパク質の内部に隠れる」
「なんで?」
「水溶液中で、疎水性部分が内側に集まる。それがタンパク質の折りたたみを決める」
零が別の例を出した。「一方、セリン、スレオニンは親水性。水酸基を持つ」
「水と仲良し?」
「表面に出る。水と相互作用する」
奏がノートに書いた。「位置が決まる理由」
「そう」トーマが頷いた。「疎水性効果が、立体構造の主要因だ」
零が続けた。「次に、荷電。アスパラギン酸とグルタミン酸は酸性」
「マイナス電荷?」
「生理的pHで、カルボキシル基が解離する」
「リジン、アルギニンは塩基性」トーマが付け加えた。「プラス電荷」
「電荷があると?」
「イオン結合ができる。塩橋と呼ばれる」零が説明した。
「タンパク質を安定化する?」
「そう。それに、酵素の活性部位でも重要だ」
奏が質問した。「システインは?」
「特別」トーマが興奮した。「ジスルフィド結合を作る!」
「ジスルフィド?」
零が図を描いた。「二つのシステインの硫黄が共有結合する」
「それで?」
「タンパク質を強固に固定する。髪の毛のパーマも、これを利用してる」
奏が驚いた。「パーマが化学?」
「ジスルフィド結合を切って、再形成する」
トーマが続けた。「プロリンも特殊。環状構造だ」
「なんで特殊?」
「タンパク質の柔軟性を制限する。折れ曲がりを作る」
零が補足した。「コラーゲンに多い。三重らせん構造を支える」
奏が質問した。「芳香族アミノ酸は?」
「フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン」零が答えた。「ベンゼン環を持つ」
「何に使う?」
「光を吸収する。タンパク質濃度測定に使われる」
トーマが付け加えた。「それに、疎水性コアを作る」
「メチオニンは?」
「開始コドン」零が言った。「タンパク質合成の最初のアミノ酸」
「特別な役割?」
「そう。遺伝暗号で、AUGはメチオニンを指定する」
奏が表を見直した。「20種類、全部に意味がある」
「それぞれが、独自の役割を持つ」トーマが頷いた。
零が静かに言った。「でも、不思議なのは、なんで20なのか」
「他の数じゃダメ?」
「化学的には可能。実際、稀に21番目のアミノ酸が使われる」
「21番目?」
「セレノシステイン。特殊な遺伝暗号で組み込まれる」
トーマが続けた。「でも、基本は20。これが最適だったんだ」
「進化の答え?」
「何億年もの実験の結果」零が言った。
奏が感動した。「20種類のアルファベットで、無限の文章が書ける」
「そう」トーマが笑った。「タンパク質という文章だ」
零が頷いた。「多様性と経済性のバランス。それが20という数字」
三人は沈黙した。
20のアミノ酸。
それぞれが歴史を持ち、物語を持つ。
生命の文字として、選ばれた20。