「また、失敗した。私って、本当にダメだ」
空が小さく呟いた。テストの結果を見ながら。
日和が近づいた。「何点だったんですか?」
「85点…目標は90点だったのに」
海斗が驚いた。「85点で落ち込むの?俺なんて60点だったのに」
「でも、私は90点取るべきだった。努力が足りなかった」
日和がノートに書いた。「過度な自己批判」
「え?」空が顔を上げた。
「空さん、自分を責めすぎていませんか?」
「責めてる…というか、事実を言ってるだけです。もっと勉強すれば良かった」
海斗が言った。「でも、85点って十分すごいよ」
「でも、完璧じゃない」
日和が静かに聞いた。「完璧でなければならないんですか?」
空が少し考えた。「そう…思ってます。そうじゃないと、価値がない気がして」
「それが問題だ」日和が指摘した。「完璧主義と自己批判の悪循環」
「悪循環?」
海斗が説明を試みた。「えっと、完璧を目指す→達成できない→自分を責める→もっと完璧を目指す、みたいな?」
「正確です」日和が頷いた。「そして、その過程で自己価値が下がっていく」
空が聞いた。「でも、目標を高く持つのは良いことじゃないですか?」
「高い目標は良い」日和が答えた。「でも、達成できなかった時の自己評価が問題です」
「どういうこと?」
「目標に届かなかった時、『次はもっと頑張ろう』と思うか、『自分はダメだ』と思うか」
空が黙った。「私は…後者です」
海斗が共感した。「俺も、よく自分を責める。『なんでできないんだ、俺は』って」
日和が優しく言った。「お二人とも、自分に厳しすぎます」
「厳しくないと、成長できない」空が反論した。
「本当に?」日和が問い返した。「自分を責めることで、成長しましたか?」
空が考え込む。「むしろ…苦しくなって、やる気が出なくなることが多い」
「それが自己批判の弊害です」日和が説明した。「建設的な反省と、破壊的な自己批判は違う」
「違い?」海斗が聞く。
「建設的な反省は、『次はこうしよう』と前向き。破壊的な自己批判は、『自分はダメだ』と人格を否定する」
空がノートに書いた。「行動の評価と、人格の評価を分ける」
「そう」日和が頷いた。「テストの点数は、あなたの価値ではありません」
「でも、結果が全てじゃないですか?」空が聞く。
「結果は重要」日和が認めた。「でも、それがあなたの全てではない」
海斗が言った。「つまり、『テストで失敗した』と『自分は失敗者だ』は違うってこと?」
「完璧」日和が微笑んだ。
空が静かに言った。「でも、自分を責めないと、甘えてしまいそうで…」
「それは誤解です」日和が説明した。「セルフ・コンパッションという概念があります」
「セルフ・コンパッション?」
「自分への思いやり。友達に接するように、自分にも優しくすること」
海斗が興味を示した。「具体的には?」
「例えば、友達が85点取って落ち込んでいたら、何て言いますか?」
空が答えた。「『十分頑張ったよ。次も頑張ろう』って…」
「でも、自分には?」
「『もっとできたはず。情けない』って…」
日和が指摘した。「そのダブルスタンダードに気づきましたか?」
空が驚いた。「確かに…友達には優しいのに、自分には厳しい」
「多くの人がそうです」日和が言った。「でも、自分も思いやりを受ける価値があります」
海斗が聞いた。「でも、甘やかしにならない?」
「思いやりと甘やかしは違います」日和が説明した。「思いやりは、現実を認めた上で、優しく接すること」
空が理解し始めた。「『85点だった。完璧じゃない。でも、よく頑張った。次はもっと良くなる』みたいな?」
「完璧です」日和が拍手した。
海斗が笑った。「空、今『完璧じゃない』って認めたよ」
空も笑った。「本当ですね。でも、それでいい気がしてきました」
日和が最後に言った。「自分を責める癖は、すぐには治りません。でも、気づくたびに、優しい言葉に置き換える練習をしてください」
「やってみます」空が頷いた。
窓の外で、鳥が歌う。自分を責める癖の正体は、歪んだ完璧主義と、自己価値の誤解かもしれない。でも、それは変えられる。一歩ずつ、自分への優しさを学んでいく。
空が静かに言った。「今日は、85点で十分だった。私は、よくやった」
小さな一歩だったけれど、確かに前進していた。