「毎日、何千もの傷がつく」
ミリアが静かに言った。DNAの模型を見つめながら。
カナが驚く。「DNA に?」
「そう。紫外線、活性酸素、複製エラー。様々な要因でDNAは損傷する」
レイが補足する。「でも、ほとんどは修復される。修復機構がなければ、生命は維持できない」
「修復機構?」
「複数のシステムが協調して働く」レイがホワイトボードに図を描いた。
「大きく分けて、塩基除去修復、ヌクレオチド除去修復、ミスマッチ修復、二本鎖切断修復がある」
カナが圧倒される。「そんなに?」
「損傷の種類に応じて、異なる機構が働く」
ミリアが説明を始める。「塩基除去修復は、化学的に変化した塩基を取り除く」
「どうやって?」
「DNAグリコシラーゼという酵素が、損傷塩基を認識して切り出す」
レイが続ける。「例えば、シトシンが脱アミノ化してウラシルになることがある」
「ウラシルはRNAの塩基」カナが思い出した。
「DNAにあってはいけない。ウラシルDNAグリコシラーゼが見つけて除去する」
「見つけられるんですか?」
「酵素は二重らせんを滑るように動き、異常な塩基を検出する」
ミリアが付け加える。「塩基が除去されると、AP部位という隙間ができる」
「そこからどうするの?」
「APエンドヌクレアーゼがDNA鎖を切断する。ポリメラーゼが正しいヌクレオチドを埋める。最後にリガーゼが連結する」
カナが感心する。「チームワーク」
「正確。一連の酵素が順番に働く」
レイが別の機構を説明した。「ヌクレオチド除去修復は、より大きな損傷に対応する」
「例えば?」
「紫外線によるチミン二量体。隣り合うチミンが共有結合してしまう」
「それって危険?」
「DNAポリメラーゼが通過できなくなる。複製が止まる」
ミリアが図を描く。「このときは、損傷部位の前後を含む長い配列を切り出す」
「長い?」
「約30塩基対。損傷塩基だけでなく、周辺も一緒に除去する」
「もったいない」カナが言った。
「確実性のため」レイが答えた。「大きく切り取って、正しい配列で埋め直す」
「相補鎖があれば、情報は失われない」
カナが理解する。「二本鎖だから、片方が傷ついても大丈夫なんですね」
「まさに。DNAが二本鎖である理由の一つだ」
ミリアが続ける。「でも、両鎖が切れたら?」
「二本鎖切断。最も深刻な損傷だ」
「どう修復するの?」
「相同組換え修復か、非相同末端結合」レイが説明した。
「相同組換えは、相同な配列を鋳型にする。正確だが、相同配列が必要」
「非相同末端結合は?」
「切れた末端を直接つなぐ。速いが、エラーが起こりやすい」
カナが質問する。「修復が失敗したら?」
「突然変異になる。多くは無害だが、時には癌などの原因になる」
ミリアが静かに言う。「だから、修復の正確性は極めて重要だ」
「修復酵素自体が壊れたら?」
「遺伝性の癌症候群につながる」レイが答えた。「例えば、BRCA遺伝子の変異」
「聞いたことある」
「BRCA1とBRCA2は相同組換え修復に関わる。変異すると、乳癌や卵巣癌のリスクが高まる」
カナがまとめる。「DNA修復は、目に見えない英雄たち」
「毎秒、何千もの損傷を修復している」ミリアが頷いた。
「休むことなく、静かに働く」
レイが付け加える。「そのおかげで、遺伝情報の忠実性が保たれる」
「小さな英雄」カナが呟いた。「細胞の中の守護者」
ミリアが模型に触れる。「この二重らせんを守るために、多くの酵素が協力している」
「見えない戦い」カナが言った。
「でも、その戦いが私たちの生命を支える」レイが締めくくった。
三人は、細胞の中で絶え間なく続くDNA修復の営みに、深い敬意を感じた。