「自分の気持ちがよく分からない時がある」
由紀がぽつりと言った。
葵が振り向く。「どういう時?」
「例えば、誰かに対して。好きなのか、ただの友達なのか」
「曖昧な状態だね」
陸が尋ねた。「それって、情報理論で説明できる?」
葵は少し考えた。「できる。ノイズと信号の問題だ」
「ノイズ?」
「通信では、信号にノイズが混ざる。元のメッセージが不明瞭になる」
由紀が理解した。「感情も、ノイズに埋もれる?」
「ある意味でね。本当の気持ちという信号に、様々なノイズが加わる」
「どんなノイズ?」
葵はホワイトボードに書いた。
「外部ノイズ: 周囲の期待、社会的圧力 内部ノイズ: 過去の経験、不安、疲労」
「たくさんある…」陸がつぶやいた。
「そう。だから、純粋な信号を取り出すのは難しい」
由紀が尋ねた。「じゃあ、どうすれば本当の気持ちが分かる?」
「ノイズ除去だ。信号処理の基本技術」
「どうやって?」
「まず、ノイズの特性を理解する。それから、フィルタをかける」
陸が興味を持った。「心のフィルタ?」
「比喩的にね。例えば、『他人の意見を一旦脇に置く』。これは外部ノイズのフィルタリングだ」
由紀がノートに書いた。「内部ノイズは?」
「自己観察だ。『今、疲れているから判断が歪むかもしれない』と認識する」
「メタ認知ですね」
「そう。自分の状態を観測することで、ノイズを補正できる」
陸が尋ねた。「でも、ノイズを完全に消せる?」
「無理だ」葵が答えた。「完全なノイズ除去は不可能。常に何かしらの不確実性が残る」
「じゃあ、永遠に曖昧なまま?」
「必ずしもそうじゃない。信号対雑音比、S/N比を上げればいい」
由紀が理解した。「信号を強くするか、ノイズを減らすか」
「正確に。感情でいえば、自分の気持ちと向き合う時間を増やす。これは信号を強化する」
「向き合う時間…」
葵が続けた。「また、ノイズ源を減らすことも有効。過度な情報、他人の意見、SNSなど」
陸が笑った。「デジタルデトックスみたいな?」
「それも一種のノイズ削減だ」
由紀が別の質問をした。「曖昧さ自体は、悪いこと?」
葵は考えた。「いや、必ずしもそうじゃない」
「どういうこと?」
「情報理論では、不確実性はエントロピーで表される。エントロピーが高いと、可能性が広い」
「可能性?」
「曖昧な状態は、複数の結果が同じくらい起こりうる。これは柔軟性でもある」
陸が納得した。「決めつけないことの利点?」
「そうだ。早すぎる判断は、情報を捨てることになる」
由紀が尋ねた。「じゃあ、いつ決断すべき?」
「十分な情報が集まった時。または、決断のコストが遅延のコストを上回る時」
「難しい判断ですね」
「そう。だから、最適停止問題という数学的テーマがある」
葵は図を描いた。「情報収集と決断のバランス。いつ止めるかが重要だ」
陸が言った。「でも、気持ちの場合、急ぐ必要ない時もあるよね」
「ある。特に、自分の感情については。時間が信号を明確にすることもある」
由紀が微笑んだ。「時間というフィルタ?」
「良い表現だ。時間の経過で、一時的なノイズは減衰する。本質的な信号だけが残る」
「だから、『時間が解決する』って言うんですね」
「部分的にはね。ただし、時間だけに任せるのは消極的。能動的な観察も必要だ」
陸がノートに書いた。「曖昧な気持ちとノイズ、似てる」
「似てるというより、同じ構造だ」葵が確認した。「不確実性の本質は共通している」
由紀が尋ねた。「じゃあ、最終的に明確になる?」
「完全には無理だ。でも、十分に明確にはなる。100パーセントの確信は不要。80パーセントで十分なことが多い」
「80パーセント?」
「残り20パーセントは、常に未知だ。それを受け入れることも、成熟の一部だ」
三人は静かに座った。
夕日が部室を照らし、陰影が複雑に混ざり合う。
信号とノイズ、明確さと曖昧さ、それらは共存している。
そして、その曖昧さの中にも、意味がある。