「ビーカーが泣いてる」
奏が水滴のついたガラス器具を見た。
透真が笑った。「水が残ってるだけだろ」
零が近づいた。「でも、その『残り方』が問題」
「どういうこと?」
「見て」零が別のビーカーを示した。「こっちは水が膜になって流れる」
「こっちは水滴が残る」
奏が比較した。「本当だ。何が違うの?」
「親水性と疎水性」零が説明した。
「親水性は水と仲良し。疎水性は水を嫌う」
透真が補足した。「ガラスは本来親水性」
「でも汚れると、疎水性になる」
奏がノートに書いた。「汚れ=疎水性物質?」
「油や有機物」零が答えた。「水をはじく」
ミリアが入室した。「界面化学の話?」
「うん。ガラスの洗い方」
ミリアが頷いた。「実験の基本だけど、奥が深い」
奏が質問した。「なんで親水性が良いの?」
零が説明した。「水滴が残ると、次の実験で誤差になる」
「膜状に流れれば、完全に乾く」
透真が追加した。「水滴の中に、前の実験の残留物があるかも」
「コンタミネーション」
ミリアが洗剤を取り出した。「これで洗う」
「界面活性剤」
奏が興味を持った。「どう働くの?」
ミリアが分子模型を描いた。「一方の端が親水性、もう一方が疎水性」
「両親媒性分子」
零が続けた。「疎水性の端が油汚れにくっつく」
「親水性の端が水に向く」
「油が水に溶けたように見える」
奏が理解した。「仲介役なんだ」
透真が実験を提案した。「実際に洗ってみよう」
汚れたビーカーに洗剤水を入れる。
振ると、泡立った。
「泡が汚れを包んでる」ミリアが説明した。
すすぐと、水が膜状に流れた。
「きれい」奏が感心した。
零が別の方法を示した。「酸洗浄もある」
「硫酸クロム酸混液」
透真が警告した。「危険だけどな」
「でも、有機物を完全に酸化する」
ミリアが補足した。「最後の手段」
奏が聞いた。「他に親水性にする方法は?」
「プラズマ処理」零が答えた。「表面を活性化する」
「シランカップリング」ミリアが追加した。
「シラン?」
「ケイ素化合物。ガラス表面と化学結合する」
零が説明した。「疎水性にしたい時に使う」
「え、逆もあるの?」奏が驚いた。
「場合による」透真が言った。「撥水コーティングとか」
ミリアが整理した。「界面の性質をコントロールするのが、界面化学」
「親水性か疎水性か、選べる」
奏が考えた。「じゃあ、泣いてるビーカーは、疎水性になってた?」
「油汚れがついてた可能性が高い」零が診断した。
「洗剤で洗えば?」
「治る」透真が笑った。
奏が実際に洗った。水ですすぐ。
今度は、水滴が残らない。
「泣き止んだ」
ミリアが微笑んだ。「ガラスは正直」
「表面の状態が、すぐわかる」
零が付け加えた。「だから、実験前の洗浄は重要」
「正確なデータは、きれいな器具から」
透真が哲学的になった。「化学は、細部にこだわる」
「小さな汚れが、大きな誤差を生む」
奏がガラス器具を光にかざした。「透明で、きれい」
「これが親水性の証」
ミリアが最後に言った。「表面の化学は、見えないけど重要」
「分子一層の違いが、性質を変える」
零が補足した。「ナノメートルの世界」
「でも、マクロな結果に影響する」
奏が片付けを始めた。「これから、もっと丁寧に洗おう」
透真が同意した。「ビーカーを泣かせない」
窓の外で、雨が降っていた。ガラスに水滴が流れる。親水性の証。