「ねえ、レン。問いに答えがないって、どういうこと?」
晴が図書室の机を叩いた。
「文字通りだ」レンがページをめくりながら答える。「答えが存在しない問いがある」
「それって、問いとして成立してるの?」
レンが顔を上げた。「良い問いだ。メタ問題になってる」
「メタ?」
「問いについての問いだ。哲学の得意分野」
晴が椅子を引いて座った。「じゃあ、答えのない問いに意味はあるの?」
「意味の定義による」レンが指を立てた。「実用的な意味を求めるなら、ないかもしれない」
「じゃあ無駄?」
「待て。実用性だけが価値じゃない」
レンはノートに書いた。
「問いの価値:
- 答えを得る手段
- 思考を深める過程
- 視点を変える契機」
「二番と三番は、答えがなくても成立する?」
「正確。ソクラテスは答えを出さなかったが、問いかけ続けた」
晴が考え込んだ。「でも、答えがないって分かってて問うの?」
「それが哲学的問いの本質だ」レンが微笑んだ。「『正義とは何か』に、確定した答えはない」
「じゃあ、議論しても無駄?」
「逆だ。答えがないからこそ、永遠に探究できる」
晴が首を傾げた。「それって、苦しくない?」
「苦しいと感じるか、楽しいと感じるか。それは個人の選択だ」
「レンは楽しい派?」
「ああ。答えを知るより、問いを深める方が面白い」
晴がペンを回した。「でも、いつか答えが欲しくならない?」
「暫定的な答えは持つ。でもそれを絶対視しない」
「曖昧なまま?」
「柔軟なまま、と言ってくれ」レンが笑った。
晴が窓の外を見た。「問い続けることが、目的になってる?」
「哲学的にはそうだ。プロセス重視の思考」
「結果より過程?」
「過程が結果を生む。良い問いは、良い答えより価値がある」
晴が驚いた。「本当に?」
「良い答えは、特定の状況でしか使えない。良い問いは、無限に応用できる」
「問いは道具?」
「そう。思考の道具だ」レンが指を鳴らした。「ハンマーは釘を打つ道具。問いは、認識を変える道具」
晴がノートに書いた。「問いは認識を変える」
「君は今、良い問いを立てている」
「え?」
「『問いに意味があるのか』という問い。それ自体が、問いの本質を探っている」
晴が笑った。「自己言及的?」
「まさに。哲学はしばしば自己言及的だ」
「ややこしい」
「だから面白い」
晴が真剣な顔をした。「でも、レン。答えのない問いばかりだと、前に進めなくない?」
「前に進むとは?」
「...また問いで返す」
レンが肩をすくめた。「癖だな。でも、『前進』の定義が重要だ。知識の蓄積が前進なら、問いだけでは不十分かもしれない」
「じゃあ、問いだけじゃダメ?」
「バランスだ。実践的な答えと、哲学的な問い。両方必要」
晴が頷いた。「生活には答えが要るけど、思考には問いが要る」
「良い整理だ」
「でも、どこまで問い続ければいいの?」
レンが静かに言った。「それも、答えのない問いだ」
晴が笑い出した。「終わらないじゃん」
「そう。それが哲学だ」
「じゃあ、この会話も終わらない?」
「理論的には」
二人は顔を見合わせて笑った。
晴が立ち上がった。「とりあえず、お昼にしよう」
「実践的な答えだ」レンが本を閉じた。
「問い続けるのも、腹が減ってはできないからね」
「ソクラテスも同じことを思っただろう」
晴が歩きながら問う。「ねえ、レン。問い続ける人って、幸せなの?」
レンが後ろから答えた。「それも、良い問いだ」
「答えは?」
「君が見つけてくれ」
廊下に、二人の足音だけが響いた。問いは続く。