「また今日も、結局何もできなかった」
海斗が部室のソファに倒れ込んだ。
日和が優しく声をかける。「何か、予定があったんですか?」
「バイトの面接に行くつもりだったんだ。でも、朝になったら、怖くなって…」
空が近くの椅子に座った。「何が怖かったんですか?」
「分からない。ただ、面接官に否定されるような気がして。動けなくなった」
日和が静かに聞いた。「それで、どうしました?」
「結局、行かなかった。電話もしなかった。最悪だよ」
空がノートを開いた。「それ、回避行動かもしれません」
「回避行動?」
「不安や恐怖を感じる状況を避けようとする心理的反応です」日和が説明した。「短期的には楽になりますが…」
「長期的には問題が悪化する」空が続けた。「回避すればするほど、その状況がより恐ろしく感じられるようになります」
海斗が顔を上げた。「確かに。前にも一度、面接をキャンセルしたことがある。今回はもっと怖かった」
「それが回避のサイクルです」日和が言った。「一度回避すると、次はさらに難しくなる」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
空が考えた。「まず、何を恐れているのか、具体的に特定することです」
海斗が黙って考え込む。
「拒否されること?恥をかくこと?」日和が促した。
「たぶん…自分が無能だってバレること」海斗が小さく言った。
「それは評価への恐れですね」空が書き留めた。「自己評価と他者評価のギャップに対する不安」
日和が優しく聞いた。「もし面接で落ちたら、本当に無能だということになるんでしょうか?」
「いや…理屈ではそうじゃないって分かってる。でも、心がそう感じるんだ」
「感情と論理は別の回路で動きます」空が説明した。「特に不安は、論理的思考を麻痺させることがあります」
海斗がため息をついた。「で、どうやって克服するんだ?」
「暴露療法という方法があります」日和が答えた。「少しずつ、恐れている状況に慣れていく」
「いきなり面接じゃなくて、もっと小さなステップから始める」空が提案した。
「例えば?」
「まず、面接の申し込みをする。次に、面接会場まで下見に行く。その次に…」
海斗が少し前向きになった。「段階的にってこと?」
「そうです。一気にやろうとすると、恐怖が勝ってしまいます」
日和が補足した。「そして、それぞれのステップで、不安をコントロールする練習をします。深呼吸や、リラクゼーション」
「呼吸法なんかで、本当に変わるの?」
「身体の反応をコントロールできると、心も落ち着きます」空が説明した。「不安は、身体の緊張状態とも関連していますから」
海斗がノートを見た。「つまり、逃げれば逃げるほど怖くなる。だから、少しずつでも向き合う必要がある」
「正確な理解です」日和が微笑んだ。
「でも」海斗が躊躇した。「失敗したら、どうする?」
「失敗は、情報です」空が言った。「何が上手くいかなかったのか、学ぶ機会です」
「回避すると、その情報も得られません」日和が加えた。「だから成長の機会を失う」
海斗が立ち上がった。「分かった。次の面接は、絶対に行く」
「いきなりそこから始めなくても…」日和が心配した。
「いや、もう逃げたくない。怖いけど、このままの方がもっと怖い」
空が頷いた。「その意識の変化が、第一歩です」
「ただし」日和が付け加えた。「完璧を求めないでください。緊張しても、言葉に詰まっても、それは普通のことです」
海斗が深呼吸した。「ありがとう。二人とも」
窓の外で、風が木々を揺らす。恐れは消えない。でも、それと向き合う選択はできる。
「今度こそ、行動する」海斗が静かに言った。
空と日和が見守る中、海斗は新しい一歩を踏み出す準備を始めた。恐れが行動を止める日々は、今日で終わりにする。