その沈黙、情報量あります

無音や空白にも情報量があることを、情報理論の視点から理解する。

  • #self-information
  • #surprise
  • #context
  • #absence of information

「陸、今日は静かだね」

由紀が言った。いつも賑やかな陸が、珍しく黙っている。

「調子悪いの?」

「いや...考え事」

葵が興味深そうに見た。「陸の沈黙は、高い情報量を持つ」

「情報量?」由紀が聞き返した。

「情報量は、驚きに比例する。I(x) = -log₂(p)」

「陸がいつも喋るから、確率p(喋る)が高い。だから、p(黙る)は低い」

由紀が理解した。「確率が低いから、情報量が高い?」

「そう。陸が黙るという事象は、滅多に起こらない。だから、起こったときの情報量は大きい」

陸が苦笑した。「俺の沈黙、そんなに珍しい?」

「統計的には、かなり稀だ」

由紀が考えた。「じゃあ、葵先輩が喋らないのは情報量が低い?」

「私は元々寡黙だからね。p(黙る)が高いから、黙っても情報量は小さい」

「面白いですね。同じ沈黙でも、人によって情報量が違う」

葵が続けた。「情報理論では、予測できないことほど情報を持つ」

「予測可能性と情報量は反比例する」

陸が質問した。「じゃあ、完全に予測できることの情報量は?」

「ゼロだ。確率が1なら、log(1) = 0」

「確実なことには、情報がない」

由紀がノートに書いた。「だから、ニュースは予測外のことを伝える」

「正解。日常的な出来事は、情報量が低いからニュースにならない」

「太陽が東から昇った、というニュースはない」葵が例を出した。

「でも、西から昇ったら大ニュース」陸が続けた。

「情報量は、文脈に依存する」

由紀が考えた。「沈黙にも、文脈があるんですね」

「そう。いつも静かな人が黙るのと、いつも喋る人が黙るのは、意味が違う」

陸が真面目な顔をした。「じゃあ、俺の沈黙は、何かを伝えてる?」

「伝えているかもしれない。情報は、存在だけでなく、不在からも生まれる」

「不在?」

「期待されていたのに現れないもの。それ自体が情報だ」

葵が補足した。「通信理論では、信号がないことも信号として扱われる」

「ゼロという値も、データだ」

由紀が例を思いついた。「返信がこないメッセージとか?」

「まさに。返信がないという事実が、情報を伝えている」

陸が頷いた。「怒ってるとか、忙しいとか」

「そう。文脈から解釈する」

葵が新しい視点を出した。「音楽でも、休符は重要だ」

「休符?」

「音がない部分。でも、それがリズムを作る」

「沈黙が、音楽を構成する」

由紀が感動した。「情報も同じですね。ゼロが意味を持つ」

「情報理論では、エントロピーは全ての事象を考慮する。起こることも、起こらないことも」

「H(X) = -Σ p(x) log p(x)。確率が低い事象も、エントロピーに寄与する」

陸がふと笑った。「なんか、責任重大だな。俺の沈黙」

「でも、それだけ君の存在が大きいってことだよ」由紀が言った。

「いつもの行動が予測可能だから、逸脱が情報になる」

葵が付け加えた。「だから、キャラクターが確立している人ほど、変化が目立つ」

「ブランディングみたいなものか」陸が理解した。

「人間関係も、一種のプロトコルだからね」

由紀が質問した。「じゃあ、完全にランダムな人は?」

「毎回驚かされるから、平均情報量は高い。でも、予測不可能すぎて信頼しにくい」

「適度な予測可能性が、関係を安定させる」

陸が深く息をついた。「わかった。もう普通に喋る」

「情報量が下がるな」葵が笑った。

「それでいいんだよ」由紀が言った。「いつもの陸が、安心する」

「低情報量も、価値があるんだね」

葵が締めくくった。「情報量だけが全てじゃない。安定性、予測可能性も大切だ」

「バランスだね」

沈黙が終わり、いつもの賑やかさが戻った。

でも、その沈黙が持っていた情報量を、三人は忘れなかった。