「アミノ酸って、食べるだけ?」
奏がサプリメントの瓶を見つめた。
零が答えた。「体内でも作れる。でも、全部じゃない」
「作れるのと作れないのがある?」
「必須アミノ酸と非必須アミノ酸」ミリアが説明した。
奏がノートを開いた。「必須って、どれくらい?」
「ヒトでは9種類。バリン、ロイシン、イソロイシン…」
「残りは?」
「体内で合成できる。でも、『非必須』は誤解を招く」零が付け加えた。
「なんで?」
「必要ないわけじゃない。むしろ必須。ただ、外から取らなくてもいい」
ミリアが図を描いた。「グルタミン酸から、プロリン、アルギニン、グルタミンができる」
「変換されるんだ」
「トランスアミナーゼという酵素。アミノ基を転移させる」
零が説明した。「αケト酸にアミノ基を付けると、アミノ酸になる」
奏が質問した。「じゃあ、なんで必須アミノ酸は作れないの?」
「合成経路が複雑すぎる。あるいは、酵素を失った」
ミリアが補足した。「進化の過程で、食物から摂取できるなら、自分で作る必要がなくなった」
「コスト削減?」
「エネルギーと資源の節約。合理的な選択」
零が別の図を見せた。「でも、条件付きで必須なアミノ酸もある」
「条件付き?」
「アルギニン。成長期や病気のときは、合成が追いつかない」
奏が考えた。「じゃあ、アミノ酸って、どこから来るの?」
「最終的には窒素固定」ミリアが答えた。「大気中のN₂を、アンモニアに変える」
「植物や微生物がやる」零が続けた。「動物はできない」
「じゃあ、私たちは?」
「植物や他の動物から、有機窒素化合物として摂取する」
奏が整理した。「食べたアミノ酸は、どうなるの?」
「消化されて、吸収される。そして、体内で再利用」
ミリアが説明した。「タンパク質合成、エネルギー源、他の分子への変換」
「他の分子?」
「グリシンからヘム、トリプトファンからセロトニン」
零が付け加えた。「チロシンからドーパミン、ノルアドレナリン」
奏が驚いた。「神経伝達物質もアミノ酸から?」
「そう。アミノ酸は多機能な前駆体」
ミリアが別の経路を描いた。「余ったアミノ酸は、糖新生や脂肪合成に使われる」
「捨てないんだ」
「生命は無駄を嫌う。リサイクルが基本」
零が注意を促した。「でも、アミノ基は問題」
「なんで?」
「アンモニアに変わる。有毒だ」
奏が心配した。「どうするの?」
「尿素サイクル」ミリアが答えた。「肝臓でアンモニアを尿素に変換」
零が図を描いた。「複雑な経路。五つの酵素が関与」
「そんなに複雑?」
「アンモニアの毒性が高いから。厳重に処理する」
奏が質問した。「尿素になったら?」
「腎臓で濾過されて、尿として排出」
ミリアが静かに言った。「窒素の旅。大気から植物、動物、そして再び排泄」
零が頷いた。「窒素循環の一部。アミノ酸はその運び屋」
奏がノートに経路を描いた。「アミノ酸って、変換されまくる」
「代謝の中心的存在」ミリアが表現した。
零が付け加えた。「エネルギー、構造、シグナル。すべてにアミノ酸が関わる」
奏がサプリメントを見た。「奇妙な旅路だね」
ミリアが微笑んだ。「大気から始まり、生命を巡り、再び環境へ」
零が静かに言った。「窒素の物語。アミノ酸が語る」
三人は沈黙した。小さな分子が、壮大な旅をしている。