「絶対に正しい、なんてことはない」
S教授は喫茶店シャノンのカウンターで、コーヒーを淹れながら言った。
由紀と葵は、いつものように店を訪れていた。
「でも、数学は絶対ですよね?」由紀が尋ねた。
「公理系の中では。でも、現実への適用には常に不確実性がある」
葵が補足した。「それが確率論の役割だ。断定ではなく、確率で語る」
S教授が頷いた。「通信理論でも、硬判定より軟判定の方が性能が良い」
「軟判定?」
「受信信号を見て、『これは絶対に0だ』と決めるのが硬判定。『0である確率が0.9』と確率を保持するのが軟判定」
由紀が考えた。「確率を保持する方が、情報が多い?」
「そう。後段の処理で、その確率情報を活用できる。誤り訂正符号の復号で大きな差が出る」
葵がノートに書いた。「ターボ符号やLDPC符号は、軟判定復号を前提にしている。だから高性能なんだ」
S教授がコーヒーを差し出した。「人間関係も同じだよ」
「人間関係?」由紀が驚く。
「『あの人は絶対に悪い人だ』と決めつけるより、『悪い行動をする確率が高い』と考える方が、柔軟だ」
葵が続けた。「ベイズ的思考だね。新しい情報で信念を更新できる」
「そう。硬判定は更新できない。一度決めたら終わり。でも軟判定は、常に修正可能だ」
由紀は窓の外を見た。「でも、優柔不断になりませんか?」
「良い疑問だ」S教授が微笑んだ。「確率的推論は、優柔不断とは違う。利用可能な情報から、最も合理的な判断をする」
葵が例を出した。「天気予報は『降水確率60パーセント』と言う。断定しないけど、情報は提供している」
「そして、その確率を受けて、傘を持つかどうか自分で決める」
「意思決定理論だ」S教授が言った。「確率と効用関数を組み合わせて、最適な行動を選ぶ」
由紀がノートに書き込んだ。「確率で語ることは、謙虚さでもあるんですね」
「そう。自分の知識の限界を認める。それが科学的態度だ」
葵が尋ねた。「教授、情報理論を研究していて、人生観は変わりましたか?」
S教授は少し考えた。「変わったね。断定的な表現が減った」
「確率で語るようになった?」
「そうだ。『これは正しい』じゃなく、『これが正しい確率が高い』。小さな違いだけど、大きな違いだ」
由紀が言った。「それって、優しい言い方ですね」
「そう感じるかい?」
「はい。相手に考える余地を残している」
S教授が頷いた。「情報理論は、不確実性を定量化する。でも、不確実性をなくそうとはしない。むしろ、認めて共存する」
葵が補足した。「エントロピーは、不確実性の量だ。ゼロにできないなら、うまく付き合うしかない」
「人生も同じだ」S教授が静かに言った。「完全な確実性は幻想だ。でも、確率的に正しい選択はできる」
由紀は温かいコーヒーを一口飲んだ。「確率で語ると、優しくなる。その意味が分かった気がします」
「良い理解だ」S教授が認めた。
葵が言った。「軟判定は、情報を保持する。同じように、確率的な言い方は、可能性を保持する」
「可能性の保持か」由紀が繰り返した。「素敵な表現ですね」
S教授が店内を見渡した。「この店に来る客も様々だ。情報理論を学ぶ学生、休憩する会社員、読書する老人。全員が不確実な未来を生きている」
「でも、コーヒーを飲む確率は100パーセント」葵が笑った。
「そういう小さな確実性が、人生を支える」S教授が微笑んだ。
由紀はノートを閉じた。今日もまた、新しい視点を得た。
確率で語ることは、謙虚さであり、優しさであり、科学的態度だ。
喫茶店シャノンに、穏やかな時間が流れていた。