「ミラさん、顔色が良くないですね」
レオが心配そうに声をかけた。ミラは相変わらず無表情だが、どこか緊張している様子だった。
日和が近づいた。「何かあったんですか?」
ミラがノートに書いた。「大丈夫」
空が観察した。「大丈夫って言う時、本当は大丈夫じゃないことが多いんですよね」
レオが興味を示した。「文化によって違うかもしれないけど、日本では感情を隠す傾向があるの?」
日和が答えた。「調和を重んじる文化では、否定的な感情を表に出さないことが美徳とされることがあります」
「でも、それは健康的なの?」レオが聞いた。
空が説明した。「感情の抑圧は、短期的には周囲との摩擦を避けられますが、長期的には心身に悪影響を及ぼします」
ミラがじっとノートを見つめている。
日和が優しく聞いた。「ミラさん、誰かに何か言われましたか?」
ミラが少し躊躇してから書いた。「クラスメイトに、頼んでいないことを押し付けられた。でも、ありがとうって言った」
「本当は嫌だったんですね」空が理解した。
ミラが頷いた。
レオが首をかしげた。「なぜ正直に断らなかったの?」
ミラが書いた。「相手を傷つけたくなかった」
日和が説明した。「これは利他的な動機に見えますが、実は自分を守るための防衛機制でもあります」
「どういうこと?」レオが聞く。
「相手を傷つけることで、自分が嫌われることを恐れている」空が分析した。「怒りを表現すると、関係が壊れるかもしれないという不安」
ミラがじっと空を見た。図星だった。
日和が穏やかに言った。「でも、本当の気持ちを伝えないと、結局は自分が傷つきます」
「怒りを感じることは悪いことじゃない」空が続けた。「それは、自分の境界線が侵されたというサインです」
レオが納得した。「自己防衛の本能的な反応なんだ」
「そうです」空が頷いた。「問題は、その怒りをどう表現するか」
日和がミラに聞いた。「今、その時のことを思い出すと、どんな気持ちですか?」
ミラがゆっくりと書いた。「悔しい。自分に腹が立つ」
「自分にですか?」
「なぜ、ちゃんと断れなかったのか」
空が説明した。「これは、怒りが内向きになっている状態です。本来は相手の行動に対する怒りだったのが、自分への批判に変わっている」
レオが提案した。「アサーティブ・コミュニケーションという概念があるよね。攻撃的でもなく、受け身でもなく、自分の気持ちを適切に伝える方法」
日和が頷いた。「『私は〜と感じました』というI-メッセージが有効です」
ミラが興味を示した。
「例えば」空が実演した。「『頼んでいないことをされて、私は困惑しました』と伝える。相手を責めるのではなく、自分の気持ちを説明する」
レオが付け加えた。「『あなたは間違っている』ではなく、『私はこう感じた』という形」
ミラがノートに書き留めた。
日和が優しく言った。「笑顔で怒りを隠すと、相手は気づけません。そして、ミラさんの中にストレスが溜まっていく」
「感情は抑圧しても消えません」空が説明した。「形を変えて現れます。頭痛、疲労、あるいは他の場面での過剰反応として」
ミラが少し驚いた表情をした。
レオが聞いた。「じゃあ、どうすればいいの?」
日和が答えた。「まず、自分の感情を認めること。怒っているなら、『私は今、怒っている』と自分に言う」
「次に、その感情を適切に表現する方法を考える」空が続けた。「すぐにぶつけるのではなく、冷静に伝えるタイミングを選ぶ」
ミラが書いた。「難しい」
「最初は誰でも難しいです」日和が励ました。「でも、練習すれば上達します」
レオが微笑んだ。「感情を抑えることが優しさじゃない。正直に伝えることが、本当の信頼関係を築く」
空が付け加えた。「相手も、ミラさんの本当の気持ちを知りたいはずです」
ミラがゆっくりと頷いた。そして書いた。「次は、ちゃんと言ってみる」
日和が微笑んだ。「それが大切な一歩です」
四人は静かに座っていた。本当の気持ちを表現することは勇気がいる。でも、それが自分を大切にすることの始まりだった。