「ねえ、俺たち三人の共有情報って、どれくらいあると思う?」
陸が突然聞いた。
「共有情報?」由紀が首を傾げる。
葵が興味を示した。「面白い質問だ。情報理論的に定義してみよう」
「どう定義するの?」
「まず、各人の持つ情報をエントロピーH(X)、H(Y)、H(Z)とする」
陸が考えた。「俺がX、由紀がY、葵先輩がZ?」
「そう。そして、全員が知っている情報の量が、共有情報だ」
由紀が聞いた。「どう計算するんですか?」
「結合エントロピーH(X,Y,Z)を考える」葵がノートに書いた。「これは、三人全体の不確実性」
「三人分を足すだけじゃないの?」
「違う。重複する情報があるから」
葵が式を書いた。
「H(X,Y,Z) ≤ H(X) + H(Y) + H(Z)
等号は、完全に独立な場合のみ」
「共有情報があると、結合エントロピーは小さくなる?」
「正確。同じ情報を重複して数えないから」
陸が聞いた。「じゃあ、共有情報の量は?」
「H(X) + H(Y) + H(Z) - H(X,Y,Z)が一つの定義」
由紀が理解し始めた。「個別のエントロピーの和から、結合エントロピーを引く」
「そう。減った分が、共有されている情報」
陸が具体例を求めた。「例えば?」
「三人とも情報理論部にいる。これは共有情報」葵が説明した。「この事実は、三人が独立に持つ必要がない」
「一度知れば、全員が知っている」
「そう。だから、エントロピーは1倍分だけ」
由紀が言った。「でも、私だけが知ってることもある」
「それは条件付きエントロピーH(Y|X,Z)だ」葵が解説した。「他の二人の情報を知った後の、由紀の残り情報」
「プライベートな情報」
「そういうこと」
陸が考え込んだ。「共有情報が増えると、仲が良いってこと?」
「とも言える」葵が慎重に答えた。「でも、個別の情報も大切だ」
「なぜ?」
「完全に共有したら、誰か一人だけで十分になる」
由紀が理解した。「個性がなくなる」
「そう。最適なのは、適度な共有と、適度な独自性」
陸が笑った。「バランスが大事ってこと?」
「情報理論的にもそうだ」葵が頷いた。
由紀が聞いた。「先輩、私たちの共有情報、増えてますか?」
「増えてると思う。一緒に過ごす時間が長いから」
「どうやって増やすの?」
「経験を共有する。同じ本を読む、同じ問題を解く、同じ場所に行く」
陸が付け加えた。「同じ失敗をする」
「それも大事」葵が認めた。「共有された経験が、コミュニケーションを効率化する」
由紀がまとめた。「共有情報が多いと、少ない言葉で通じ合える」
「まさに。これが相互情報量とも関係する」
陸が窓の外を見た。「俺たち、これからどれだけ共有情報を増やせるかな」
「無限に増やせる」葵が答えた。「時間がある限り」
「でも、卒業したら?」
「物理的に離れても、共有情報は残る」
由紀が静かに言った。「記憶として」
「そう。共有された過去は、消えない」
陸が笑った。「じゃあ、今のうちにたくさん共有しとこう」
「賛成」由紀が頷いた。
葵も微笑んだ。「あなたと私の共有情報。それが、私たちを繋ぐ」
三人は頷いた。見えないけれど、確かに存在する繋がり。それが共有情報だ。