「細胞の中って、工場みたい」
奏が細胞の模式図を見ていた。
「良い比喩」零が言った。「それぞれの小器官が、特定の役割を持つ」
ミリアが図を指差した。丸い粒が散在している。
「リボソーム?」透が聞いた。
「タンパク質を作る工場」零が説明した。「mRNAの設計図を読んで、アミノ酸を繋げる」
奏がノートに書いた。「翻訳って、ここで起きるんだ」
「そう。核で転写されたmRNAが、リボソームに届く」
「でも、リボソームは小さい」透が指摘した。
「直径約20nm。タンパク質とrRNAの複合体だ」
ミリアが補足した。「大サブユニットと小サブユニット」
「二つのパーツが組み合わさって、機能する」零が続けた。「まるでパズルみたい」
奏が別の構造を見た。「これ、迷路?」
「粗面小胞体」零が微笑んだ。「表面にリボソームが付いてる」
「なんで?」
「分泌タンパク質や膜タンパク質を作るため。リボソームで合成されながら、小胞体の中に送り込まれる」
透が興味を持った。「同時進行?」
「そう。翻訳と輸送が連動する。効率的だ」
ミリアが図を描いた。リボソーム、小胞体膜、内腔。
「シグナルペプチドが目印」零が説明した。「タンパク質の先頭に付いてる短い配列」
「それが、『ここに送れ』という合図」
奏が理解した。「住所みたい」
「まさに。郵便番号のような役割」
透が次の構造を見た。「層が重なってる」
「ゴルジ体」零が言った。「タンパク質の仕上げ工場」
「仕上げ?」
「小胞体で作られたタンパク質を、修飾する。糖鎖を付けたり、切断したり」
ミリアが例を書いた。「グリコシル化:糖の付加」
「糖を付けると、何が変わるの?」奏が聞いた。
「安定性、溶解性、認識。糖鎖は分子の性格を決める」
零が続けた。「血液型も、糖鎖の違いだ。同じタンパク質に、異なる糖が付く」
「へえ!」透が驚いた。
「ゴルジ体はまた、タンパク質を仕分ける。どこに送るか決める」
奏が質問した。「どうやって判断するの?」
「タンパク質に付いてるタグ。マンノース-6-リン酸とか、特定の配列」
ミリアが描いた。「シス面→メディアル→トランス面」
「ゴルジ体の中を、順番に進む」零が説明した。「各層で、異なる修飾が起きる」
「流れ作業だ」透が言った。
「そう。効率と正確さを両立する」
奏が全体図を見た。「リボソーム→小胞体→ゴルジ体→目的地」
「タンパク質の旅」零が言った。「でも、道を間違えたら?」
「病気になる」ミリアが静かに言った。
「輸送エラーは、深刻」零が続けた。「嚢胞性線維症は、CFTR輸送の異常。I-cell病は、リソソームへの輸送不全」
透が真剣な顔をした。「小さなミスが、大きな影響」
「そう。だから細胞は、品質管理システムを持つ」
奏が聞いた。「品質管理?」
「正しく折り畳まれてないタンパク質は、小胞体で検出される。修復されるか、分解される」
「ER関連分解、ERAD」ミリアが補足した。
「厳しい」透が言った。
「でも必要」零が認めた。「不良品が蓄積すると、細胞が死ぬ」
奏が図を眺めた。「秘密基地みたい」
「秘密基地?」
「それぞれの部屋が、特殊な任務を持つ。連携して、生命を守る」
零が微笑んだ。「良い表現だ。細胞内小器官は、生体分子の秘密基地」
ミリアも頷いた。透が図に色を塗り始めた。
「リボソームは青、小胞体は緑、ゴルジ体は黄色」
「カラフルな秘密基地」奏が笑った。
「でも、本当は透明」零が言った。「色は、人間が理解するための工夫」
「理解するための色」
「そう。科学は、見えないものを見えるようにする試み」
四人は図を見つめた。生体分子の秘密基地。小さな世界で、大きなドラマが繰り広げられている。