「ふう...」
海斗が大きく息を吐いた。提出したレポートの結果が返ってきて、ようやく肩の力が抜けた様子だった。
「すっきりした?」空が聞く。
「めちゃくちゃ。何か、重いものが降りた感じ」
日和が静かに微笑んだ。「それ、カタルシスって言うんですよ」
「カタルシス?」海斗が聞き返す。
「感情の解放」空が説明した。「ギリシャ語で浄化を意味する言葉。溜まっていた感情が解放されて、心が軽くなる現象です」
「へえ。確かに、何か吐き出した感じはある」
日和がノートに図を描いた。「心理学では、抑圧された感情がストレスとして蓄積されると考えられています」
「抑圧?」
「我慢すること。言いたいことを言えなかったり、感じたことを否定したり」
海斗が思い当たる顔をした。「ああ、確かに。レポート書いてる間、ずっと『なんでこんなことやらなきゃいけないんだ』って思ってた」
「その不満を表に出さず、抑え込んでいたんですね」空が分析する。
「で、終わったら一気に解放された」
「そういうこと」日和が頷いた。「感情は、エネルギーのようなもの。溜め込むとどこかで発散しないといけない」
海斗が窓の外を見た。「でも、いつも発散できるわけじゃないよね」
「そうです」日和が答えた。「だから、健康的な発散方法を見つけることが大切なんです」
空がリストを作り始めた。「運動、創作活動、誰かに話す...」
「泣くことも、効果的です」日和が加えた。
「泣く?」海斗が意外そうに聞いた。
「涙には、ストレスホルモンが含まれています。泣くことで、物理的にストレスを排出できるんです」
「へえ、科学的な根拠があるんだ」
空が補足した。「笑いも同じ。笑うと、エンドルフィンという脳内物質が分泌されて、気分が良くなる」
海斗が少し考えた。「じゃあ、我慢しないほうがいいの?」
日和が慎重に答える。「バランスが大事です。何でもかんでも発散すると、周りとの関係が壊れるかもしれない」
「適切な場所とタイミングで」空が付け加えた。
「難しいな」海斗が苦笑した。
日和が優しく言った。「でも、自分の感情に気づくことが第一歩。何を感じているのか、認識するだけでも違います」
「認識するだけで?」
「はい。感情を言語化することで、前頭前野が活性化して、感情をコントロールしやすくなるんです」
空がノートに書いた。「感情のラベリング」
「そう」日和が頷いた。「『今、私は怒っている』『不安を感じている』と言葉にするだけで、感情との距離ができる」
海斗が試してみる。「今、俺は...安心している」
「それ、すごく良いですね」日和が認めた。
空が笑った。「海斗くん、さっきよりずっと表情が柔らかくなってる」
「本当?」海斗が照れた。
日和が続けた。「心が軽くなる瞬間は、ただの気分じゃなくて、脳の化学的な変化なんです」
「科学的に証明できるんだ」
「そうです。神経伝達物質のバランスが変わる。セロトニンやドーパミンが増えて、コルチゾールが減る」
空が整理する。「つまり、心が軽くなるのは、脳が本来のバランスを取り戻す過程なんですね」
「正確」日和が認めた。
海斗が深呼吸した。「なんか、自分の心を理解できた気がする」
「それが大切」日和が微笑んだ。「自分の心のメカニズムを知ることで、より上手に付き合えるようになります」
空がノートを閉じた。「心が重い時は、理由がある。そして、軽くする方法もある」
「希望が持てるね」海斗が明るく言った。
三人は静かに座っていた。窓から柔らかい光が差し込む。心の重さも軽さも、すべて脳の自然な働きの一部だと理解することで、少しだけ世界が違って見えた。
「次、何かストレス感じたら、ちゃんと認識してみる」海斗が言った。
「良い試みですね」日和が応援した。
心が軽くなる瞬間は、魔法ではない。科学だ。そして、誰にでも訪れる可能性がある。