「期待しない方が、傷つかない」
レオが静かに言った。カフェで三人、勉強している。
日和が顔を上げた。「どうしたんですか?」
「友達に誘われて、パーティーに行った。でも、期待外れだった」
空が聞いた。「何を期待していたんですか?」
「楽しい時間。新しい出会い。でも、誰とも話せず、孤独を感じた」
日和が優しく言った。「期待と現実のギャップがあったんですね」
「そう。だから思った。最初から期待しなければ、失望もない」
空が分析した。「防衛的悲観主義ですね」
「防衛的悲観主義?」
「期待を下げることで、失望から自分を守る戦略です」日和が説明した。
レオが頷いた。「まさにそれだ。期待を持たなければ、安全だ」
「でも」空が続けた。「それは本当に幸せにつながりますか?」
レオが考えた。「幸せじゃないかもしれない。でも、安全だ」
日和が静かに言った。「安全と幸福は、常に一致しないんですね」
空が質問した。「レオさんは、なぜ期待を持つのが怖いんですか?」
レオが過去を振り返った。「何度も裏切られてきた。期待して、失望して」
「それは辛い経験ですね」日和が共感した。
「だから学んだ。期待しない方が楽だと」
空が指摘した。「でも、期待を持たないことは、可能性も閉じることになりませんか?」
レオが黙った。
日和が説明した。「心理学では、期待には二つの側面があります。リスクと報酬」
「どういうこと?」
「期待を持つことは、リスクを取ること。でも、それによって得られる喜びもある」
空が例を出した。「宝くじを買う。期待するから、当選の可能性にワクワクする。でも、外れたら失望する」
レオが言った。「だから買わない方がいい」
「確かに失望はありません」日和が認めた。「でも、ワクワクもありません」
レオが考え込んだ。「でも、失望の痛みの方が大きい気がする」
「それは『損失回避』のバイアスです」空が説明した。
「損失回避?」
「人間は、得ることよりも、失うことに敏感です。心理学者カーネマンの研究です」
日和が補足した。「100円得た喜びより、100円失った悲しみの方が大きく感じる」
レオが理解した。「だから、失望を避けるために、期待を持たない」
「そう」空が頷いた。「合理的な戦略に見えます」
「でも?」レオが続きを促した。
日和が静かに言った。「でも、それは生きることを制限します」
レオが黙った。
「期待を持たないということは、希望を持たないことです」日和が続けた。
空が付け加えた。「希望がなければ、行動する動機も減ります」
レオが反論した。「でも、現実的であるべきでは?楽観主義は危険だ」
「楽観主義と現実主義は、対立しません」日和が言った。
「どういうこと?」
空が説明した。「柔軟な楽観主義、という概念があります」
「柔軟な楽観主義?」
「最善を期待しながらも、最悪に備える。期待を持ちつつ、現実も見る」
日和が例を出した。「試験に向けて『合格する』と期待しながら、『でも落ちるかもしれない。その時は次を頑張ろう』と備える」
レオが考えた。「期待と準備を両立させる」
「そう」空が頷いた。「期待は動機づけになり、準備は失望を和らげる」
日和が静かに言った。「完全に期待しないことは、諦めることです」
レオが俯いた。「でも、傷つくのは嫌だ」
「傷つきたくないのは自然です」日和が共感した。「でも、傷つかないために生きるのは、本当に生きているのでしょうか?」
レオが黙った。
空が優しく言った。「期待することは、脆弱性を見せることです」
「脆弱性?」
「傷つく可能性を受け入れること。それは勇気が要ります」
日和が補足した。「でも、その脆弱性があって初めて、深いつながりや喜びも生まれます」
レオが聞いた。「でも、何度も裏切られたら?」
「それは辛いですね」日和が認めた。「でも、一つの裏切りが、全ての可能性を閉じる理由にはなりません」
空が言った。「過去の経験が、未来を決定するわけではありません」
レオが考え込んだ。「でも、過去から学ぶことは大切では?」
「もちろん」日和が答えた。「でも、過去に囚われることと、過去から学ぶことは違います」
空が説明した。「学びは『この状況では気をつけよう』。囚われは『全てが同じになる』」
レオが頷いた。「一般化しすぎている」
「そう。認知療法では『過度の一般化』と呼ばれます」
日和が優しく言った。「レオさん、期待を持つことは、選択です」
「選択?」
「何を期待し、どの程度期待するか。それは自分で決められます」
空が補足した。「全てに全力で期待する必要はありません。選択的に期待する」
レオが聞いた。「どう選べばいい?」
「自分にとって大切なことに、期待を向ける」日和が答えた。
「そして、小さく始める」空が提案した。「大きな期待ではなく、小さな期待から」
レオが考えた。「例えば?」
「次のパーティーで、一人と話せたらいいな、とか」
「それくらいなら」レオが少し笑った。
日和が微笑んだ。「そして、達成できたら、自分を褒める」
「失敗したら?」
「それも学びです」空が言った。「次に活かせる」
レオが深く息を吐いた。「期待することは、怖い」
「怖いですね」日和が認めた。「でも、その怖さを乗り越えた先に、可能性があります」
空が静かに言った。「期待しない方が楽。でも、楽なことが常に良いとは限りません」
レオが頷いた。「成長には、不快さが伴う」
「その通りです」日和が微笑んだ。
レオがゆっくりと言った。「試してみる。小さく期待してみる」
「それで十分です」空が励ました。
日和が優しく言った。「期待は、生きる活力です。完全になくすのではなく、賢く持つこと」
窓の外、夕日が沈んでいく。明日への期待を持つか、持たないか。それは自分次第。
レオが微笑んだ。「ありがとう。少し、希望が見えた」
期待しない方が楽な理由。それは、傷つきたくないから。でも、傷つく可能性を受け入れてこそ、本当の喜びも手に入る。その矛盾を抱えて、人は生きていく。