「なぜ言えなかったんだろう」
空が独り言のように呟いた。図書館で、ミラとレオが顔を上げた。
レオが質問した。「何を言えなかったの?」
空が躊躇した。「...ありがとう、って」
「誰に?」ミラが静かに聞いた。
「友達に。助けてもらったのに、その場で言えなかった」
レオが分析的に言った。「感謝を伝えるのは、簡単そうで難しい」
空が頷いた。「なぜでしょうね」
ミラがノートに書いた。「私もいつも言えない」
「君も?」空が驚いた。
ミラが頷く。言葉にするのが苦手なのはいつものことだ。
レオが説明し始めた。「感情表現には、心理的障壁がある」
「障壁?」空が聞き返した。
「恥ずかしさ、恐れ、タイミング。いろいろな要因が、言葉を遮る」
空がノートに書いた。「具体的には?」
「まず、脆弱性の恐れ」レオが言った。「感情を表現するのは、自分の弱さを晒すこと」
ミラが強く頷いた。共感している。
「感謝を伝えるのも?」空が疑問を持った。
「そう。『あなたの助けが必要だった』と認めることになる」
空が理解した。「自立していないと思われたくない」
「潜在的に、そう感じているかもしれない」レオが言った。
ミラが書いた。「拒絶が怖い」
レオが頷いた。「それも大きい。感謝を伝えても、軽く流されるかもしれない」
空が共感した。「『別に』とか言われたら、傷つきますね」
「そう。だから、言わない方が安全に感じる」
ミラがまた書いた。「タイミングを逃す」
「正確」レオが認めた。「最適なタイミングは短い。それを逃すと、後から言いにくくなる」
空が思い出した。「その場では混乱してて、落ち着いた頃には時間が経ってた」
「よくあるパターンだ」レオが言った。
「でも」空が質問した。「言わないと、相手は伝わらないですよね」
「その通り」レオが答えた。「テレパシーは存在しない」
ミラが小さく言った。「わかってほしい」
「でも、言わなきゃわからない」空が優しく言った。
レオが補足した。「人は、他者の心を読めない。言語化が必要」
ミラが悩んだ表情をした。「難しい」
「確かに難しい」レオが認めた。「でも、不可能ではない」
空が質問した。「どうすれば、言えるようになりますか?」
レオが考えた。「小さく始めること」
「小さく?」
「完璧な表現を求めない。『ありがとう』の一言でいい」
空が納得した。「長い説明は必要ない」
「そう。シンプルな方が、むしろ伝わる」
ミラが書いた。「勇気がいる」
レオが真剣に言った。「その通り。感情表現は、勇気がいる」
空が付け加えた。「でも、言わない後悔より、言う勇気を持つ方がいい」
ミラが考え込んだ。
レオが提案した。「練習してみる?」
「練習?」二人が驚いた。
「そう。今ここで、互いに感謝を伝える」
空が躊躇した。「恥ずかしいです」
「それが障壁だ」レオが指摘した。「でも、乗り越えられる」
ミラが勇気を出した。「レオ、いつもありがとう」
レオが微笑んだ。「どういたしまして。ミラの観察眼に、僕もいつも助けられてる」
空が続いた。「二人とも、ありがとう。一緒にいると、学ぶことが多いです」
「こちらこそ」レオが答えた。
ミラが静かに微笑んだ。
空が気づいた。「言ってみると、思ったより簡単でした」
「最初の一歩が、一番難しい」レオが言った。「でも、踏み出せば、後は楽になる」
ミラがノートに書いた。「言えなかった気持ちも、今なら言える」
空が励ました。「誰に?」
「みんなに」ミラが静かに言った。「ずっと、ありがとうって言いたかった」
「聞けて嬉しいです」空が微笑んだ。
レオが付け加えた。「感情表現は筋肉と同じ。使えば使うほど、強くなる」
三人は図書館を出た。
言えなかった気持ちには、いろいろな理由がある。恐れ、恥ずかしさ、タイミング。でも、それを乗り越える価値がある。言葉にすることで、関係は深まり、心は軽くなる。
今日という日が、その一歩になった。