「どうせ」が口癖になる理由

諦めの言葉が習慣化するメカニズムと、その背後にある自己防衛の理解。

  • #pessimism
  • #defensive pessimism
  • #self-fulfilling prophecy
  • #hopelessness

「どうせ、うまくいかないよ」

海斗が言った。

「まだ始まってないのに?」空が指摘する。

「でも、いつもそうだから」

「いつも?」

「うん。どうせ失敗する。どうせダメだ。どうせ認められない」

陽和が心配そうに聞いた。「海斗、『どうせ』って、よく使うよね」

「そう?」

「最近、すごく多い」

空がノートに書いた。「『どうせ』= 予防的悲観主義の表現」

「予防的悲観主義?」海斗が聞く。

「失敗を予測することで、実際の失敗のダメージを減らす防衛戦略だ」

「防衛?」

「そう。『どうせダメだ』と先に思っておけば、本当にダメだったときのショックが小さい」

陽和が理解した。「期待しなければ、失望しない」

「正確には、失望を先取りしてる」空が説明した。

海斗が反論した。「でも、実際にうまくいかないことが多いし」

「それは、自己成就予言かもしれない」

「自己成就予言?」

「自分の予測が、自分の行動を変え、結果として予測が現実になる現象だ」

空は図を描いた。

「『どうせダメだ』→モチベーション低下→準備不足→失敗→『ほら、やっぱりダメだった』」

海斗がハッとした。「俺、自分でダメにしてる?」

「無意識にね。でも、それも防衛の一種だ」

「防衛?失敗してるのに?」

「コントロールできない失敗より、予測できる失敗の方が心理的に楽だ」

陽和が優しく言った。「でも、海斗は苦しそうだよ」

「苦しい」海斗が認めた。「でも、期待して裏切られる方が、もっと苦しい」

「その恐怖が、『どうせ』を生んでる」空が指摘した。

海斗が聞いた。「じゃあ、どうすれば?」

「まず、『どうせ』を意識すること」

「意識?」

「『どうせ』と言いそうになったら、止まる。そして、それが本当か問う」

陽和が例を出した。「『どうせダメだ』じゃなくて、『うまくいかないかもしれない。でも、可能性はある』」

「可能性…」海斗が反芻した。

「ゼロか百か、じゃなく、グラデーションで考える」空が説明した。

「グラデーション?」

「完全な成功と完全な失敗の間には、無数の結果がある。『どうせ』は、それを見えなくする」

海斗が考え込んだ。「確かに、少しうまくいくこともある」

「そう。でも『どうせ』は、その『少し』を無視する」

陽和が聞いた。「『どうせ』って、いつ頃から使い始めたの?」

海斗が思い出した。「中学の時、部活で…何度も失敗して」

「その時の防衛が、習慣化した」空が理解した。

「習慣化?」

「当時は役に立った。でも、今は自分を縛ってる」

海斗がため息をついた。「どうやって、やめられる?」

「完全にやめる必要はない」空が言った。

「えっ?」

「防衛的悲観主義は、時に役立つ。問題は、それが唯一の戦略になること」

「他の戦略?」

「戦略的楽観主義もある。『うまくいくかも』と考えて、準備する」

陽和が付け加えた。「両方を使い分けるのが大事だね」

「そう。状況によって、悲観と楽観を選べるようになること」

海斗が聞いた。「どう選ぶ?」

「リスクが高く、準備が必要な時は、悲観的に考えて備える。でも、挑戦する価値がある時は、楽観的に動く」

「バランス…」

「そう。『どうせ』が自動的に出るのではなく、意識的に選ぶ」

海斗が深呼吸した。「明日のテスト、『どうせダメだ』って思ってた」

「今は?」空が聞く。

「『うまくいかないかもしれない。でも、今から勉強すれば、少しは良くなるかも』」

「完璧だ」陽和が笑った。

「まだ、ちょっと怖いけど」

「怖くていい」空が頷いた。「期待することは、リスクを取ることだ」

「でも、そのリスクが、可能性も開く」陽和が続けた。

海斗が微笑んだ。「『どうせ』じゃなくて、『もしかしたら』か」

「良い言い換えだ」空が認めた。

三人は、希望と現実のバランスを探る旅を続けることにした。

「どうせ」は防衛だった。でも、「もしかしたら」は、扉を開く鍵だ。